水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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金になるというモチベーション
人間の行動で、もっとも単純な動機が金になる、ということです。
逆に、回避されがちなのが、金をとられる、です。
買い物ぶくろを有料化しようという機運が高まり、実際、いくつかのスーパーは有料ですし、
別途料金を取らないところはポイントを付けているようです。
と言っても袋の有料価格はいいとこ3円4円5円の世界。
したがって、払いたくないというより、もらった袋の活用を考えると、さほどの負担感はないものです。
むしろ、脱プラ世界へのささやかながらの挑戦と考えるかどうかのほうが、その動機が図れます。
したがって脱プラ効果があるかどうかより、そういう意識啓蒙のほうが意味があるわけでしょ。
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話は変わりますが、私たちがまだ子供のころ、つまり昭和20年代。
朝鮮動乱あたりの時代です。
まだまだ掘っ立て小屋が一部残っていたり、
犬は放し飼いが多く、犬殺し、と人は呼んでいましたが、野犬狩りをする人がいたり、
街角には、傷痍軍人の人たちが、義手や義足を付けて
アコーデオンを弾きながら街頭で募金を募っていたり、
学校の給食は脱脂粉乳とコッペパン一個だったり、
シラミやノミに悩まされていたり、
まあ、ともかく貧しい生活だったころです。
もちろん戦争中から見れば、多少はましになったのだと思いますが、
それにしてもひどい生活環境だったと思います。
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そのころでも子供は子供、何もみじめさを感じることはなく、
目の前に広がる生活については、そういうもんだ、という程度の認識だったんですね。
あっけあかんとしたものでした。
で、そういえばいつの間にか見ることが無くなったというのが、ネズミです。
今は、生活をしていて、その姿すら見ないでしょ。
でも当時はごく普通に、人間と同居していました。
とはいえ、病原菌を運び込むといって、忌み嫌われていました。
何とか退治しようとあの手この手で捕まえようとしたものです。
特に我が家ではすでに飲食業をしていたので、ネズミは大敵。
仕事の一つがネズミ退治でした。
普通には針金で作ったネズミ捕り捕獲機を仕掛けて、翌朝何匹か入っていると、
捕獲機ごと水につけて水死させるのです。
きっと、下水管なんかが不十分な構造だったんでしょうね。
近隣の家から伝わって侵入してくるので、まさにイタチごっこならずネズミごっこ状態で、
捕まえても捕まえても次々と家に入ってい来るのです。
まあ、ネズミはその意味で最も身近な動物に一つだったと思うんですね。
昭和でいえば、20年代後半ぐらいまで、ネズミを捕まえて交番に届けると、いくらかお金をもらえたのです。
いくらだったのか、その制度がいつごろまで実施されていたのか、記憶は定かでないのですが、
ともかく交番にネズミを持ってゆけば小遣いになった、ということは確かです。
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これは何とか撲滅したい、というある種の公衆衛生的な政策なわけで、
国家予算を組むほどのことはなかったと思いますが、
あることを推進するのに、金になる、ということはそこそこの成果を得るものなんですね。
だから、一匹いくら、という報酬を与えたわけです。
それによって、ネズミが減ったという実感はありませんでしたが。
ま、いずれにしても何か成果を求めたいなら、賞金というか、報奨金を付けるという、
手があって、場合によってはそこそこ成果は上がる場合もあります。
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西部開拓時代に、小さな町の片隅に保安官事務所があって、その入り口近くに、
極悪人の似顔絵かなんかに、この者を捕えたら賞金を出す
といったポスターが貼ってあった、なんて西部劇で見たことがあるでしょ。
WANTED DETH OR LIVEとかで、死んでいてもかまわないみたいな文言が書いてある。
平穏な生活を乱すものに賞金を付ければ、付けないより退治できる可能性がある。
で、賞金稼ぎが登場するわけです。
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で、現代社会でも平穏な生活を脅かすものというのは必ず登場してきます。
ごく普通には、警察とかがその退治にあたるんですが、何も人間とは限らない。
そこでそういう場合様々な対処法が使われるわけです。
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コロナ騒ぎの陰に隠れて、あまり報道されませんでしたが、
なぜか今年の春、東アフリカでバッタの大群が発生しました。
それはニュースで見たのですが、こいつらがその後勢いを増して、
中東を横切りインド・パキスタンに侵入。
一部は中国に上陸したというんですね。
なんという生命力でしょう。
コロナは目に見えませんがバッタはよく見える。
それはそれなりに恐怖ですね。
何しろ、植物という植物を食べつくしながら移動するので、
これによる食糧生産への影響はかなりありそうだ、ということです。
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バッタの大群による被害で食料供給危機に直面するパキスタンで、
対策の一環としてバッタを養鶏の飼料とする試みが行われているのだそうです。
なかなか賢い政策です。
パキスタンの首相は、穀倉地帯パンジャブ州でのバッタ対策として、実証実験を承認したのだそうです。
それは、バッタを飼料として利用しようという作戦です。
かつて、紛争で荒廃したイエメンで
飢餓対策にたんぱく質豊富なバッタを食べるよう推奨した取り組みを参考にしたのだそうです。
そういえば、日本でもイナゴを食べる習慣がありますが、まあ似たり寄ったりです。
害虫駆除と同時に、食糧問題の一助にする、という一石二鳥の作戦です。
そもそも人類の先祖が東アフリカの大地溝帯に現れた時、
何を食べていたかというと、木の実と昆虫だったようなんですね。
きっとバッタは当時にご先祖にとって好物の一つだったんじゃないかと思われるんです。
だから、いまさらでしょ。
まあ、パキスタンでの取り組みは、人が直接食べるのではなかったようです。
まず、村人たちが集めたバッタを当局が買い取り、乾燥して粉末状にし、飼料に混ぜる。
場所は、バッタが飼料用に適さなくなってしまう殺虫剤を農家が使用していなかったことから、
パンジャブ州オカラ地域が選ばれました。
殺虫剤を回避したところはさすがですね。
で、バッタを捕まえる方法なんですが、地元住民にこのように教えたんだそうです。
網は使い物にならない、と。
バッタは夜になると木や植物に群れをなして止まっており、
日が昇るまでの涼しいうちは動かないため捕まえやすい。
この寝込みを襲って直接捕まえてしまうという方法です。
そして、バッタ1キロ当たり20パキスタン・ルピー・約13円が支払われることになりました。
地元住民らは夜通しバッタを採集したのだそうです。
金になるってすごいモチベーションを与えるでしょ。
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ところがですね、20トン集まった時点で当局の予算が尽きて、この計画は終わりになりました。
まあ、ちょっと情けない話なんですが、それでも効果は歴然とあった。
彼ら地元民にしてみれば、農作物を守れると同時に、いくらか金になるわけですから、
それは頑張りますよね。
集められたバッタは、同国飼料生産最大手の会社に送られ、
養鶏飼料に使われている大豆の10%をバッタで代用することになったそうです。
まあこれがすべての解決につながったわけではありませんが、もう一つ副産物が見えてきたそうです。
それは、殺虫剤をむやみに使用しないということへの啓もうになったのではないか、ということです。
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このあと、奴らがやってくるかもしれない中国などにとってはいい参考になりそうですね。
こういう人海作戦というのは中国のお得意とするところですものね。
| 水嶋かずあき | 環境 | 11:03 | comments(0) | - | - | - |









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