水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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生産性向上は人をしあわせにするのか

石器時代あたりから見れば、人類はそれなりの進歩をしてきたと思えますが、
どうも、根に持った本質的部分では、まだまだでしょ。
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歴史的に見れば、何回か、大きな変化を見せたステップがありました。
第一は、それまでの狩猟採集から、農耕牧畜への変化でしょうか。
狩猟採集の時代というのは、自然の恵みの中で糧を得てきたわけです。
天候に異変があれば、もろにその影響を受ける。
それでも、実に素朴に、獣を狩り、木の実や落ち穂を拾い、食料の確保に努めてきました。
ま、それ以外に選択肢はなかったのです。

いささか不安定な自然の恵みをいくらかコントロールできるようにできたのが、

農耕と牧畜という生産手段の発見でした。
これによって、一定の面積の中で養える人の数が激増するのです。
おそらく、それまでの生活の塊としてのグループ的な人数は、一挙に一桁は大きくなったんじゃないでしょうか。
10人だったら、100人、50人だったら、500人です。
つまり、それによって、「勢力」というものが台頭したのです。

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生産力が向上したとはいえ、まだまだ自然に力の前には万全ではなかったはずです。
時に、飢饉を迎えることもあったと思われます。
そこで、人は、明日を想定し、たくわえを持つことにしました。
基礎は、おそらく、来年に蒔くための種の保管だったのでしょう。
これが余裕が出てくると、いざという時のための備蓄になります。
羊やヤギなども、多ければ多いほど安心を得たのでしょうね。
このたくわえが、貧富の差を生み出します。
そして、農耕も牧畜も絶対的な大地の面積を必要とします。
より安定した食料の確保は、より大きな面積の大地を確保することです。
ここで、土地の確保のための争いが生じます。
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よく、動物の同種の中で、テリトリーの争いが起きますが、
要は、食料確保に必要な面積を維持しようということです。
ま、それと基本は全く同じことで、その争いのために結束が必要となり、

それをまとめる中心的リーダーが登場します。
部族の長です。

この部族は束ねられ、文化の発達とともに国家レベルの組織に拡大します。
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人類、二度目の大きな変化は、産業革命です。
農耕牧畜は、一定の面積で養える人間の数をより多くすることができました。
生産力が向上したからです。
産業革命も、生産力を著しく向上させました。
つまり小さな面積でも、多くの人を養えるようになったのです。
ただ、農耕牧畜と違って、一次産業的な生産、つまり直接食べれるもの、ではなかったので、
ここで、新たな経済のシステムが登場します。
それは、工業生産物と食料の取引です。
国家間での貿易が国家維持の基本になります。
北朝鮮がここにきて暴れだしたのは、そのシステムを国際的な協調で壊され、
食料の貿易がスムースにいかなくなったためです。
つまり、旧来の北朝鮮核内の食料生産力とそれで養える国民の数がアンバランスになったことでしょ。
まあ、現代社会の構造から言って、何らかの貿易が成立しなければ、
その国の面積で生産される一次産物が不足するのは、目に見えていますでしょ。
そもそもが農業立国ならば話は別ですが。
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さて、ここでも、今度はテクノロジーの力の差で、生産力に差が付き始めました。
しかし、人間は、必ず賢いものが存在しますから、ある程度の基礎的な教育レベルに達していれば、
このテクノロジーの差も、埋めることができるわけですね。
そして、なんだかんだと、200を超える国がそれなりに作られ、それなりに国民を生存しうる状態を作り上げてきました。
これは、当然ですが、多くの政治体系を経験しながら、
最も多くの国民を養い、生活できるようなシステムをより自立的に模索したきた結果です。
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以前もブログで触れましたが、この地球上の国の大半が、民主的な運営をされています。
第一次大戦時代、20世紀の前半では、まだまだ王権の国々が多くありましたが、
それぞれ、共和制か民主制のどちらかを名乗っています。
まあどっちも同じ概念です。
いわゆる専制君主制ではない、という意味ですから。
国の名前としては、圧倒的に共和国という呼称が多く使われています。
単純な分類では、それに次ぐのがナニナニ王国、という呼称です。
とはいえ、実態は、国王はほぼ象徴的存在で、国王は政治的権力とは距離を置いています。
最も、国名ではブルネイ・ダルサラーム国という名称ですが、実態は王国で、
この国王の権限は憲法上でも認められていて、その絶対的権力は、今時考えられないくらいの強権を持っています。
表現上でしょうが、朝鮮民主主義人民共和国というのが、通称、北朝鮮の正式国名です。
でも、どう見ても民主主義で、人民主体の共和制である、とは思えないでしょ。
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かつて、第一次世界大戦のどさくさで、国内が混乱している中、社会主義者が革命を起こし、
結果として、ソビエト連邦が誕生しました。
当時、共産主義というのは、専制君主への対抗として、人民の手で政治を行う、という主張でした。
つまりそれまでの王侯貴族の好き勝手にされてきたその国の政治体制を人民の手に取り戻そう、というものです。
これは、人間社会が、農耕牧畜、産業革命、とその生産性を向上してきたたびに発生した貧富の格差によるひずみの是正です。
生産性の効率が高まれば高まるほど、富は偏在してしまうんですね。
あわせて、どの国も人口が増えてゆく。
養うべき口は増えるけど、生産の成果を平均化することができなかったわけです。
この矛盾は、戦争では解決できないんですね。
だって、よその領地を得たからと言って、莫大な生産力を同時に得られるというわけではないでしょ。
領地の拡大を目指して、争いをするというのは、石器時代の思想に毛が生えた程度のレベルの低さです。
領地の確保では問題は解決しないんです。
まして、メンツで争うなんていうのも、猿の世界ですね。
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ここでどうも第三の大きな波が来ていますね。
そう、生産性を著しく向上できる新たなテクニックのことです。
IT社会と言えばいいでしょうか。
このテクニックを制する者が勝者になります。
現に、これによる貧富の差、格差が歴然と発生しているでしょ。
世界の超億万ベスト50は、何らかの形で、ITがらみのはずです。
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資本主義も、自由経済も、この先は、人類を幸せにはしないのでしょうね。
生産力が大きくなったということは、きっとそのひずみがどこかに現れるはずですから。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:50 | comments(0) | - | - | - |









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