水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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歴史問題というけれど
歴史というのは、今の私たちが、直接見聞したものではありません。
それは文字として残されたものだったり、
画像や映像としてみることができますが、微妙に真実を伝えていないことがままあります。
ましてや、同じ事象でも見方によって変わるわけですから、
正に群盲象をなでるに等しい状況が生まれてきます。
あるものは耳を触り、大きな布のようだといい、
あるものは足に触れ、まるで柱のようだ、というわけです。
なぜか、現在進行中のものですら、見解が分かれることが多くあります。
これは、為政者が、基本的に自分の都合のいいことを公式見解としたり、
都合よくするために嘘を言ったりすることが大きな要因です。
基本的にどんな歴史的な事象も何層にもベールに包まれていて、
なかなか真実を垣間見ることはできません。
したがって、様々な説を色眼鏡を使うことなく眺めてみて、
ある種の物差しで、きっとこうだったのだろう、と受け止めるしかありません。
まさに、歴史こそ主観の産物なんですね。
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日韓問題について、私はどうしてこんなにギクシャクするのか、疑問でしたし、
できれば仲良くしたいわけですから、それを阻害しているものは何か、
ということが、ずっと気になっていました。
いわゆる不幸ないきさつ、というのがあったことは間違いないことですが、
その不幸な状態を作り出したのは誰がどういう理由でそうしたのか、
ということだと思うのです。
当然現状韓国側が主張していることは、日韓併合時代における日本帝国主義者の
韓国民に対するさまざまな暴挙、ということがベースになっていて、
慰安婦問題も、徴用工問題も、今は前面に出てきていますが、
冷静な歴史的考察をしてみると、実はそれ以前の根源的な問題があることが分かります。
.
根本は、なぜ日韓併合になったのか、です。
ま、これも諸説あるうちの一つ、と捉えてください。
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日韓併合は1910年に締結された「韓国併合に関する条約」から始まります。
これは、日本が一方的に武力で制圧し占領したことで実現したものではなく、
当時の大韓帝国が日本の統治下に入ることを選択し、条約を締結することで実現したものです。
ここが重要でしょ。
ま、併合を人によってはこれを植民地化と捉えることもできると思うのですが、
それによって、韓国がどう変わったかで、植民地化という表現が適切かどうか決まると思うんですね。
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併合以前、当時の主権を持っていた大韓帝国は、元々は朝鮮、または李氏朝鮮という国名でした。
この李氏朝鮮という国は、以前は中国の明、当時は清の属国だったのです。
李氏朝鮮という国は、1392年から約500年間朝鮮半島を支配していた王朝でした。
李氏朝鮮は、朝鮮半島を支配していた高麗の臣下である李成桂が、
主君を裏切り、当時の明の力を借りて王の座についたことで興した国でした。
ま、ここまではよくある話です。
しかし、建国時に明に頼ったため、李王朝建国後も継続して明の支配下に置かれ、
さらに中国の政権が清王朝に変わっても、属国として扱われてきたのです。
そして、国民は奴隷民族化され、私有財産も没収されたそうです。
朝鮮民族が古代から高麗に至るまで持ちつづけた自律的自尊心を放棄せざるを得なかったのです。
要は、国民を裏切って自分だけが権勢を確保したということです。
ですから、李氏朝鮮という国は、非常に自堕落な国になってしまったのです。
その非常に荒んだ社会を救ったのが「日韓併合」であったとも言われています。
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この李氏朝鮮時代の国家管理が粗雑だったということを物語るデータがあります。
この李氏朝鮮時代、人口が減少していたのだそうです。
記録によると、1777年の総人口は1,804万人でしたが、
100年後1844年には1,689万人で6.79%減少したのだそうです。
そして、日韓併合時の1910年には、1,313万人だった人口は、
それが、32年後の19422年には2,553万人で、併合時の倍近くになったのです。
人口が増えるというのは、当然ですが環境が改善されたからです。
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そのほか、日韓併合によって韓民族が享受した社会の改善点を挙げると、
おもなところで次のようなことがあるのだそうです。
一、両班・常民・賤民などの階級制で、少数の支配者が住民の大部分を服従させる悪弊が払拭された。
二、放置制度のもとに公正な裁判が行われるようになり、賄賂の習慣が一掃された。
三、私有財産制度の確率・処分・移動・職業選択と居住の自由と経済秩序の確立。
四、鉄道・道路・橋梁などの交通機関の整備により、経済が活性化し、李朝での飢餓問題も解決された。
五、教育が普及し、医療制度も近代化して予防制度が確立した。
特に、小学校など、児童の教育システムが粗雑な状態であったのを、
しっかりと整備し、当時の日本国内並みの教育制度にレベルアップしたということです。
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まあ、表から見るか、裏から見るか、
これらの日本側から見た成果と裏腹に、
やはり、韓国民側から見た歴史というのも厳然とあるのですが、
少なくとも、単純な比較として、李氏朝鮮時代よりははるかに改善された社会の状況は、
否定のしようがないと思うのです。
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今回の慰安婦問題で、内乱的現象が起きていますが、
要は、民意のレベルを問われるわけで、
誰を悪者にしようと、それでは救われないでしょ。
過去の歴史をどのように見るかは確かに勝手な話です。
しかし、それでは何も改善されないでしょ。
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過去に恨みを持ち続ける限り、前進はできないと思いますし、
それはそれで流す気持ち、寛容の気持ちがなければ、真の安寧は得られないと思うのです。
できれば、南アフリカ共和国のマンデラさんの爪の垢でも煎じて飲んだらいかがでしょうか。
真の、自立、独立を目指すべきでしょ。
| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:13 | comments(1) | - | - | - |
韓国併合、満州国成立について歴史認識は立場や利害関係によつて十人十色ですが、時期を同じくした台湾(統治)から我が国が非難を浴びたり、賠償を要求されたりしていませんね。一言でいえば三〜四世代を経過しても許す事が出来ない振る舞いを我が国が韓国、中国にし、台湾にはしなかったって事でしょう。韓国の一市民すなわち非戦闘員が犬猫の様に虐殺されたり、全ての男が戦争に駆り出されその代用労働力として、我が国の炭鉱とか鉱山など危険極まり無い現場に強制連行され、強制労働(徴用)させられた挙げ句に、ダイナマイトの不発処理で爆死した若い韓国人がいたり、よしんば終戦まで生き延びたとしても「帝国日本に協力した売国奴」と母国韓国で罵られ自殺者がいたり。
身内や仲間にそんな人がいたら、私達でも子子孫孫に渡り怒り、恨み続けて当然だと思います。

1972年田中角栄が中国に平和条約を締結に行った時の話です。毛沢東が「大東亜戦争で日本が中国に与えた損害は賠償しなくても良い」と驚愕の発言をしました。人的、物的損害は天文学的レベルであるのにそれを許すなんて!暗殺されても不思議でない発言ですが、同時に毛沢東の半端ない度量の大きさと国民からの信頼度は感動物です。
この発言に竿を刺さなかった田中角栄ですが、この時のアナザーストーリー(こう言って欲しかった)。
「毛主席そうはいきません、互いに全てを破壊し合うのが戦争ですが中国の民間人の尊い命を奪った罪を免れる事は、日本の統治者として出来ません、その命の代償と言ってはなんですが我が国の国家予算に相当する賠償金を受け取って下さい、
但し、お察しの通り一度にはお支払い出来ない金額である事、もっと大切な事はこの人的被害は子子孫孫に語り継がれ、癒すのに数世代が必要と思われます、よつて50年から100年の延べ払いでご了承お願いします。」
私が敬愛する大物の田中角栄が大大物の毛沢東を凌駕するトリプル大物であって欲しかったですね。

慰安婦問題他、多額の解決金を一度に支払い、受領して一件落着とは短絡的ですよね、
星霜を重ねて行くうちに当事者や関係者の人心も変化して行きますが、「この御免なさい」は今も私達(我が国)は忘れずに変わらず子子孫孫まで繰延べ実行中ですというスキームが良いと思います。

P.S.
御免なさいする場合は相手がそんなにしなくて良いと言われる程の金品を差し出すと良いでしょう。
この時の国家予算を調べていませんが、折しも高度成長爆進中の日本経済ですから、日露戦争の戦費負債償還100年超えに比べたら10年で充分でしょう。
| JFKJFK緑川 | 2020/06/26 2:11 AM |









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