水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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ネットが百科事典
教育というものは、二種類のものに分かれます。
一つは、基本的な人格の形成を助けるものです。
もう一つは、主として生活に対応できる知識の習得を助けるものです。
人格の形成は、主に社会性を涵養するもので、
人は、集団生活によって成り立っていますから、その社会性の形成です。
そのために、コミュニケーションをとることが必須になりますから、
まず言語を教えます。
次に、社会性の基本となる、モラルとか、集団におけるルールを教えます。
敬意とか、寛容とか、友愛とか、感謝とか、
要は仲良く暮らしていける基礎的な感情をはぐくむことも教育されます。
これらは主に家庭で行われます。
家庭というか、親の愛情で教育します。
ここが大事なところです。
なぜなら、「愛」は愛でしか育成することができないからです。
.
もう一つの生活に対応できる知識の習得については、
現代では、学校がその役割を担っています。
その教育のシステムとしては、万国共通で、
分野に分かれた教科に従ってものを教えてゆきます。
どの国であれ、100%こういうシステムということは、
長年にわたって実施されてきたな集団教育のシステムとして、
成果が認められているからです。
国語、といえば、言葉と文法と、慣用句と、文字等、要は読み書きを軸に、
読解力を養うためにカリキュラムが構成されているでしょ。
算数、数学は、足し算引き算から始まって、掛け算割り算、
さらに、レベルを上げて微分だの積分だの、
私は高校時代に選択しませんでしたから、いわゆる数2で終わっていますが、
数理的判断力を養います。
ま、いずれにしても、学ぶべき事柄を体系的に系列化して、
それを履修させます。
.
で、一方、百科事典的教育というシステムがありました。
これは極めて希少な手段だったのですが、
おおざっぱには、ヨーロッパの上流階級の家庭で、
家庭教師を雇い、子弟の教育をさせていたことがあったのですが、
この時、百科事典をテキストにしたのです。
ご存じの通り百科事典は、A・B・Cと項目が整理されていて、
したがって、科目が体系的に並んでいるわけではないので、
数学の後に科学、次の項目は文化という具合に、
体系づけられていたわけではありません。
しかし、これはよほどしっかりと全体との体系を整理しながらでないと、
まあ、時に支離滅裂になったしまいそうですよね。
もっとも、絶えず目先のテーマが変わるので、
飽きることなく、人によっては集中力を持続できたのかもしれません。
いずれにしても、もしこの方法が効果的であったなら、
今の学校教育のシステムとして取り入れられていたはずです。
跡形もない、というのは、金持ちの気まぐれと、独自の人生観があって、
わが子の教育を家庭教師に委託したんでしょうね。
.
以前、ブリタニカの百科事典を私の母が、わが娘、つまり母の孫のために、
全セット、えい!とばかりに買ってくれたことがありました。
専用の本棚までついていて、きっと何十万かしたんでしょうね。
結局、娘たちは、ただの一度も百科事典を手にすることはありませんでした。
私も、ほんの数回何かの調べもののために手にしただけで、
およそ10年近く、我が家の居間の装飾品として置かれていたのです。
まあ、百科事典の活用なんて、もはや前世紀の遺物みたいなものでしょ。
少なくとも、ネットという世界が、これにとって代わりました。
.
何かを検索すると、
少しボケたところのピント合わせもさることながら、
それらに付随して、前後に掲載されている内容に目を通し、
へえ、そうだったのか、なんて驚く新事実の発見というのが、かなりあります。
私は、これらの経験をしながら、もっと若いころにこんな道具があって、
気軽に様々な知識に触れ合う機会があったら、
もっと素晴らしい知識を身に付けることができたんじゃないか、と考えるんですね。
少々残念だった。
時すでに遅かった、という感じでしょうか。
学生時代、向かうべきところがあいまいだったせいか、
特に、大学受験では、いやいやの勉強をしました。
どうしてこんないやなことをしなきゃならないんだ、と。
しかし、学校を卒業して、暫くすると、目指すべきこと、
言い換えればテーマは明確になってくるわけですから、
学ぼうという気持ちが明確になってきます。
その意味では、人生では、不思議なことに、年を取るほど学ぶようになるんですね。
まあそういう意味でも、ネットにあふれている様々な情報は、
いいテキストになっているんです。
.
ウィキペディアなんてこの代表でしょ。
私はかなり信頼してるので、まずはここで調べ物をします。
さらに、視点を広げ、偏りをなくすため、その周辺の項目をチェックします。
その上で、時に胡散臭い主張があるので、これは排除します。
なぜ胡散臭いと感じたかの根拠はありません。
正に自分が持っている価値観の範疇であるかどうかが基準です。
そうすることで、全く新しい知識を身に着けることができると思うんですね。
最も残念なのは、その身に着けたはずのものが、
ものすごい速度で失われてゆくんです。
もともと記憶力が弱かったのですが、ここにきてより進んでしまいました。
逆に、だからこそ、身近に検索できるネットの情報が必要なんですね。
| 水嶋かずあき | あれこれ | 06:29 | comments(0) | - | - | - |









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