水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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大磯の海

先日、大磯の漁業組合の前の組合長の加藤さんに取材インタビューしてきました。
これは、8月のSCNクラブの番組制作の一環としてのことです。
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事前に電話で申し出てスケジュールの確認をしたのですが、
この方とても親切で気さくなところがあって、
そのやり取りにおいても、そのようなところを感じていたんです。
で、申し入れたことは、朝に獲った魚を水揚げし、仕分けて、配送するまでのプロセスと、
大磯の海の特に魚に関するはなしを聞こうとするものです。
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基本的なスケジュール確認をして後、電話がかかってきまして、
朝の水揚げについては、午前2時半ぐらいになるので、
早く起きるのが大変だろうから、写真があるのでそれで済ませられないか、ということです。
私は、何時だろうと、それはそれで、ビデオでなのに写真ですますというのは、
全然面白くない、と、やはり動いているところの画像がほしいので、
早かろうと、出かけてゆきます、と言ったんです。
加藤さんとしては、通常の生活者に朝2時半というのは申し訳ない、と感じたようです。
で、翌日再度電話がかかって来ました。
今度は、時間は3時ぐらいになりそうなので、
3時でいいと思う、と。
少しでの遅い方がいいだろう、と言ってました。
そこで、結局、3時着の予定で大磯港の荷揚げする場所に出かけることになったのです。
場所は、港湾の管理建物がある一角で、「めしや大磯港」の真ん前です。
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実は当日は、早めに一度寝ました。
分眠生活に慣れているので、要は3時間ぐらい前に一度寝床につけばいいわけです。
したがって、夜の11時ぐらいに一度寝て、2時に起床、準備して2時半出発、3時着、と言う予定です。
いささかいつもと違うリズムですが、まあ何てことない。
これは年寄の強みですね。
予定通り、3時ちょっと前に着きました。
ここのエリアに入るのに、かなり大きめの鉄製の扉があって、
これを開けて入るのですが、一般の人は入るな、みたいなことが書いてあるんです。
でも、用事のある人、めしや大磯港の利用者はこれに限らず、と。
めしや大磯港など営業系の施設があるのに、鉄の門が閉めてあるのは、
いかにも、ふさわしくないでしょ。
もちろん人力でずるずる引けば開けられるんですが、通常は閉じてあるんです。
後で聞いた話ですが、こんな営業しているところを締めてしまうというのはなぜなんですか、と。
すると、これはコロナな騒動が始まってからそうしたんだ、とか。
正直、そんな影響があるのか、と。
でも、潮風吹き抜ける海辺です。
そんなぞろぞろと人が並んでいるわけでもない。
3密とは縁遠いところなんですが、これは過剰反応だろう、と感じました。

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ま、ともかく、まだ暗い中、沖から船が戻ってきたのです。
で、接岸すると、早速荷揚げが始まりました。
およそ1メートルかける2.5メートルぐらいの木製の台の上に、
いけすから網ですくわれた魚が、どっと撒かれます。
台の上は銀鱗一色。
主なものは、サバ、ワカシ(ぶりの子供)鯵、イワシなど、いわゆる青魚のオンパレード。
一部、カマスとか、太刀魚とかが入っていましたが、ごくわずか。
これらを魚種とサイズに、7〜8人の人で仕分けてゆきます。
見ていると、微妙に個人の判断に任されているようでした。
で、時々、加藤さんが何か言います。
すると作業している人はありがとうございます、と言って、

その時持っていた魚の首を折るんですね。
ばきっと。
で、それ用のバケツに放り込む。
どうやら、その日の現物の分け前のようです。
首を折っているから商品にはならない。
きっと後でみんなで分けて、持ち帰り、朝飯のおかずにでもするんでしょうね。
前職とはいえ組合長ですから、加藤さんの指示は絶対のようで、
ほかの人は勝手に取り分を決めることはありませんでした。
ちなみに、今日の漁獲高は、多いほうか、普通か、少ないほうか、と聞いたら、
いやあ、少ないね、と言ってました。
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まずは、一回目が終わると、再度仕分け台の上に魚がまかれ、同じ作業が繰り返されます。
白い発泡スチロールの箱に、次々と入れられ、トラックに載せて、小田原の市場に向かうのだそうです。
4時ちょっとには出発でしょうか。
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一段落したので私はここで、いったん家に戻りました。
そして、その5時間後の10時、めしや大磯港の一角で、
加藤さんのインタビューをさせていただいたのです。
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詳しくは、8月のSCNクラブ作品を見ていただきたいのですが、
まずは、定置網に関してです。
これは文字の通り、海のあるところに網を固定して設置します。
定置ということです。
この網の中に入っている魚を引き上げるわけです。
海の状態やら、魚の動きで、多い時もあれば少ないときもある。
嵐でも来ようものなら船を出せない。
まあ様々ですね。
で、この定置網ですが、もちろん許可を取って設置するのですが、どうして海の底に定置されているのか、
と言うと、砂袋を次々と投入し、人工の岩盤を作るのだそうです。
時に、40トンもの砂袋を投入することもあるとか。
で、そこは魚の通り道ですから、網に従って泳いで最後は袋小路に追い込まれてしまうんですね。
この仕事は毎日か、と聞くと、週一で休みがあるそうです。
すると、休み明けは二日分取れるんですか、と聞いたら、ちょと笑って、そうはいかない、と。
前の日の分は、入り口から逃げ出してしまうそうです。
ですから、何日置いておこうと、その日に迷い込んだ分しか獲れないんだそうです。
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若い時からこの仕事一筋でやってきたようで、昔話が色いろと聞けました。
まずは、漁師の数が減ってしまった、と。
一時は200人余りいたそうです。
そしてそのころは市場もあって、地元に卸していたのが、
魚屋自体が激減してしまった。
だから、小田原に運んでいるのだが、
かつて海辺の町で、前の海からとれた魚を食べる食文化も、すたれてきている、と。
ちょっぴり寂しそうでしたね。
そんなこともあって、めしや大磯港を開店させたのだそうです。
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時代の波も押し寄せてきているんですね。
ただ、大自然の営みはそれ相応に繰り返されていて、
春は春の魚、夏は夏の魚、秋になったら秋の魚が獲れるようになり、
海から季節を感じるのだそうです。
変わらぬものと、変わるもの。
そんな時の流れの中で、人は生きてゆくんですね。

 

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