水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
<< 夢を見出すのは自分自身 | main | 公然わいせつ罪 >>
デジタル世代

この間、テレビを見ていたら、アフリカの何とかと言う国で

医療活動をしている日本人の医師の方が出演していました。
で、その国のコロナについて、現状の報告とか、今後の対応などを話していたんですが、
驚いたことが一つあったのです。
それは、その国のある地域の都市に、医者が一人しかいない、って言うんです。
その都市の人口は40万人ですって。
平塚・伊勢原・大磯・二宮を足して、やっと40万人ですから、比べればわかるでしょ。
これだけの地域に医者一人ですよ。
コロナ云々の前に、平素の医療はどうやっているか、疑問ですね。
当然手が回らないでしょうから、診療してもらえない人も出てくる。
何やら薬草煎じたり、祈祷師の処でも言って、病魔払いの類でもやっているんでしょうか。
で、驚いたのは、この医療体制の脆弱さ、ではないんです。
そのインタビューの中の資料映像で紹介されたのですが、肌の黒いちょと派手目の服を着た若者たちが、
町の一角で群れているんです。
で、おしゃべりでも楽しんでいるんでしょうね。
片手に携帯が握られていて、時々何やら操作しているんです。
ほぼ、人口に近い携帯電話が普及している、と。
すごいでしょ。
40万の人口に医者一人と言う、ちょっと文明から縁遠そうな地域でも、
携帯はみんなが持っているのです。
インタビューの中で、どうしてこの映像が挿入されたのか、と言うと、
その日本人の医師が、携帯のアプリを使って、病状の予備的診断や、
症状に応じた対処法を、旨く伝えられない限り、ここの地域の医療崩壊は目に見えていると。
つまりコロナ対策の一つとして、携帯の活用を訴えていたんですね。
.
要は、ただしい情報をしっかりと伝えるには、

みんなが持っている携帯の活用は不可欠である、と。
まあ、アフリカのそのような地域ですら、デジタル化は進んでいるんですね。

.
しかも、私たちが一息ついている間に、デジタルの技術は進化してしまう。
前に書きましたが、1970年代の後半に、

わが舟平は大枚をはたいて、ビジネスコンピューターを導入しました。
このコンピューターのサイズは、普通の事務机ぐらい。
要は、事務机の天板にキーボードなどが並び、片側が印刷物の吐き出し場所。
脇の引き出しのところにフロッピーディスクをコントロールする機械部分があり、
さらに、(きっと)電子頭脳的な部分が組み込まれていたものです。
これは、わずか5年ほどでオクラになってしまいました。
まあ、一つは使いこなせなかったということです。
さらに、5年もすれば次世代のビジネスコンピューターが登場する。

当初のそのマシンは、12ポイントぐらいの文字が24×24ドットと言う、

やたらカクカクしていて、不格好なことおびただしい。

数年で、48×48ドットになりました。

なんか突然美しくなったんですね。
そんな具合で、進化の目まぐるしいこと。
で、ひたすら現在のデスクトップタイプからノートパソコンに至るまでの進化をするのです。
.
何を言いたいのかと言うと、もう、コンピューターに関わってかれこれ40年です。

結構なキャリアでしょ。
ですからその間の推移はつぶさに見てきました。
でも、でもです。
なんとしても現状に追いつけない。
はっきり取り残されてしまった、と実感しています。
これは、ある意味、脳みそが追いついてゆけない、と言う実態と、
追いつこうとしない頑固さ、

デジタルを受け入れきれない意地のようなものがあるんでしょうね。
.
そんなくらいですから、私はきっと死ぬまで、現金主義だと思います。
カードを持つのも嫌だし、スマホで支払いをするなんて、たぶんやろうとは思わないでしょうね。
.
そうそう、以前ちらっと読んだ、世界はどこの国の言葉が言語界を制するか、と言うことについてです。
英語とか、スペイン語とか、アラビア語とか、いろいろ候補を挙げながら、結局英語だろう、と結論付けていました。
その最大の理由は、コンピューターの用語が英語だからです。
コンピューターは、コンピューター自身の操作は英語で行っています。

ですから、コンピューターが普及するということは、

否応なしに英語が普及するはずだ、と。
言われてみれば、パソコンの取り扱い説明書には、遠慮ないほど無制限に英語がカタカナで書いてあります。
まだ日本ではそのカタカナ語は、世間に認められていないのでは、と思うことも多くあります。

そもそも、単語自体の意味が分からない。
概念とか、部品の名称とか、ましてソフト系の説明となると、読んでいるだけで混乱してきます。
.
年を取って、一番、距離を置きたくなることは、新しい言語への理解です。
それ何の意味、から始まるでしょ。
昔、はやったジョークで、分からないカタカナ語が登場すると、
まだ食ったことねえな、とよく言ったものです。
たとえば、コンセンサスという言葉が、真新しく登場したとしましょう。
知ってる奴は得意げに、コンセンサスをしっかりとりたい、なんてことを言う。
で、初めて聞いた奴は、何それ、と聞けばいいものを、知らないということに恥を感じて、
その場しのぎで、まだ食ったことないな、と言う、と言ったこととです。
そうこうするうちに本当にカタカナの料理名のものが一般的になってきて、
例えば、バーニャ・カウダなるものが話題に上がったとします。
以前は、まだ食ったことが無いな、と、場を茶化すのですが、

実際食い物ですから、しゃれにならない。
.
ま、ともかく新しいことを受け入れるのに相当のエネルギーがかかる。
私が携帯をガラケーからスマホに切り替えたのも、
なんとなく流行の一部だったように思うのです。
ですから、カメラで写真を撮ったことは一度もない。
まして、ゲーム等することもない。
まあ、一番の問題は字が小さいことですね。
眼鏡なしではまるで読み取ることができないんです。
そう、ハズキのルーペで、です。
そんな状況で、なかなかデジタルの世界が理解できないんですね。
でもすごいでしょ。

片手でスマホの文章を打つ人たちを見ていると、
もう、グランドキャニオンの向こうにいる人ですね。
.
しかし、若い人はなんてことない世界でしょ。
しかも、当初のビジネスコンピューターの何万倍かの能力を、

あのポケットに入るスマホが持っている。

これを皆持っている。
この誰もが持っている道具を望ましい方向で活用しない手はないですね。
あの、アフリカの医療崩壊を防げるのは、スマホかもしれない、と思っています。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:59 | comments(0) | - | - | - |









  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE