水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
県が湘南の地域規定をしたそうです

湘南に関わる記事がありましたので紹介します。

 

湘南と言う地域的な規定に、様々な意見があり、これと言った決定的な領域の確定ができていなかった。
そこで、その論争に終止符を打つことになった、と言うのです。


県が進める新プロジェクト「かながわシープロジェクト Feel SHONAN」に、湘南の範囲がはっきり明記されました。
ここで、いくつかの疑問。
まず、この組織はオーソライズされたものだったかどうか。

確かに、黒岩知事、木村太郎さんなど、権威としては存在足しますが、

湘南を語るにふさわしい、裏付けを持っていたかどうかは疑問ですね。


つまり、なんとなく知識を持った人たちが議論して、
こんなもんだろうと、論争を終わらせるための提案をしたのではないか、という感じがするんです。

 

この記事の中で、
『そもそも「湘南」という言葉の語源として有力なのは、中国の湖南省の景勝地から取られ、
「相模国の南部地方」=相南に引っかけているという説だ。
この考えに従えば相模湾一帯をまとめて湘南と呼んでもよさそうだが、
「平塚から大磯にかけて」「葉山から茅ヶ崎にかけてのエリアが一般の湘南イメージに沿う」
「ウチは湘南ではありません」など諸説あってはっきりしない。』と。

 

まず第一の反論。
語源として有力なのは、中国の湖南省の景観地から取られ、とありますが、すでに前提で間違えているんです。
湘南と言うのは、湖南省を三つに分け、北から湘北、中央が湘央、南が湘南と、区分して呼ばれていて、
そのうちの南の地域の呼称のことで、景観地として特定されているわけではありません。
ただ、湘南がらみの景観地的な事で言えば、
中国の五名山と言われる山があります。
東岳泰山、南岳衡山、西岳華山、北岳恒山、中岳嵩山の五つ。
このうちの、南岳衡山が、いわば湘南のランドマーク的存在なんです。
さらにその傍らを流れ、洞庭湖に至るまでの川を、湘江と呼び、
この湘江、および洞庭湖沿岸が、かつて、盛唐の時代に李白や杜甫によって、
優れた漢詩が詠まれ、これが日本に伝わって、湘南の地は風光明媚なところ、という認識になったようです。
この湘江、および洞庭湖沿岸を中心として、湖南省としての八景が定められ、
瀟湘八景として、美しい景色とそのたたずまいの八選が、当時の中国に定着したのです。
近江八景や、金沢八景の大もとになったものです。

 

したがって、厳密な地域的規定をすると、
景観として愛でられた地域は、洞庭湖付近、省都長沙、また湘江流域などで、
湘南に地域に由来するものは、一つだけです。
ですから、清絶地としての意味合いは間違いなくあったと思いますが、
景観地としての認識は、希望的感覚で、実際にはそぐわない観点なんです。

 

湘南の語源的なルーツは

「中国の湖南省を全体として湘と呼ばれていて、この湖南省の南部を湘南と言っていた」と

客観的事実から主張するべきでしょ。
そして、さらに、ではどうして、日本で湘南と言う言葉が発生し、定着していったのだろうか、
という歴史的事実が論拠のベースにあるべきです。

結果として、相模の国の南部に引っ掛けている、と言うのは、
湘南という地域名のいきさつから言って、いわゆる後付の説で、
諸説の一つに過ぎません。
正確には、大磯の鴫立案の石碑がすべての原点なのです。

 

かつて、私達、当時平塚で結成された平塚ひと・まち研究会で湘南のルーツを探ろう、と言うプロジェクトを作り、
中国湘南をこの目で確かめる旅を企画したのです。
この企画に中心的な立場で携わる中で、私は、4回ほどの湖南省のお役人と事前折衝をしました。
で、先ずは行き先の確定をしようと言う事なんで、
私は、洞庭湖沿岸を主張したのです。
理由は、湘南の海岸の風景に似ているところと言えば、広い水面が条件で必要だと思ったからです。
だって、湖南省はそもそもが山に囲まれているところなんで、海があるわけじゃない。
そんな地域で、湘南に似ているという条件は、先ずは広い水面がある洞庭湖沿岸だろうと考えたわけです。
ところがお役人たちは、かたくなに、そこではない、と言い張るんですね。
湘南はもっと南の地域なんだ、と。

 

湘南の中心的な街が衡陽市です。
洞庭湖沿岸からは200キロほど南です。
ですから、海に模した広い水面とは程遠い場所なんです。
つまり、極めて単純に、湘南は山の文化の地なんですね。
自然豊かな地域で、野や山には多くの草花が育ち、
この地で取れる薬草などが丸薬として、地産品で作られてきたそうで、
その湘南出身の末裔として、小田原の外郎さんの生計を支えてきたのが、
湘南の地をベースに伝統的な医薬を作ってきた地域伝承のノウハウだったわけです

 

湘南ナンバーのエリアが確定した時、箱根までが含まれていて、
当時、浅学菲才の輩が、なんで箱根までが湘南なんだ、と言ってましたが、
実は箱根こそ湘南だったわけですね。
これは、実際湘南を訪れ、様々に地域の特性を検証した結果が、そういう結論だったのです。

海辺の地の鴫立庵に立つ石碑に湘南の文字があり、その石碑には、清絶なる湘南の地によく似ている、

と刻まれているのですから、じゃあきっとそうだろう、ということで、

白砂青松の海を見て、湘南に似ている景色はこれに違いないと、海を見つめてしまった。

ま、当たり前ですが、十分な知識も経験もないまま、勘違いして、その認識が広まったんですね。
以来、日本の、この地における湘南のイメージは、海の文化として認識されてゆきます。

 

したがって、今回の神奈川県の認識も、海への誤解から解け切れていないんですね。
ま、これがの日本の湘南です、というのなら、それはそれでもいいのでしょうが。
ただ、県と言う公共体が、オーソライズするには、あまりにも基本の認識が甘すぎませすね。
私は、湘南は誰もののでもない、と思っています。
日本人の幻想の上での地域名ですから、これは正しいとか、正しくないとかの論争ではなく、

ある種の夢をみんなで共有しているんですから、
それをとやかく言うものではない、と思うんですね。
正直、そんな規定は必要ない、と思います。
夢をオーソライズしたからって、なにも生み出さないのではないか、と。

夢は夢で茫漠としていてよかったんじゃないか、と思うんです。

 

| 水嶋かずあき | - | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
第7回、ふるさと納税論

このブログでは、すでに、6回も触れているのですが、
ふるさと納税がテーマで、その第7回目です。

 

どうして、何度もくどくどっ主張をくりかえすのか、と言うと、
どう考えても、国の考えが間違えていると思うからです。

で、今回のきっかけは泉佐野の問題です。
事のあらましは、
「ふるさと納税・礼品 名指し批判を受けた泉佐野市が猛反発」と言うことの記事がありました。
大阪の泉佐野市が石田総務大臣から名指しで批判を受け、これに泉佐野市が猛反発をしている、と言うんですね。
石田総務大臣の言い分。
「泉佐野市が新たにキャンペーンでプレゼントするというギフト券はふるさと納税制度の根幹を揺るがし、
制度の存続を危ぶませるものと考えています」
これに対し泉佐野市のコメント
 「石田総務大臣は「制度の趣旨」と繰り返し述べられていますが、
総務省の見解だけで強硬に物事を押し進め、
無理やり地方を押さえつけようとしているように思われ、
それこそが地方分権という理念の「趣旨」に反するのではないかと考えています」

これは、泉佐野市が数日前に、ふるさと納税の内容について、
2月から3月までの間、返礼品に加えて、寄付金の「最大20%」をアマゾンのギフト券で提供する、
という発表をしたのです。

 

そもそもが、総務省は、その前からふるさと納税の過熱化を苦々しく思っていました。
なぜかと言うと、国は、税金を集め、それを各自治体や事業体に分配します。

ここに権限が発生するんですね。

しかし、ふるさと納税は、直接地方自治体に税金を振り込むようなものです。

ですから、この中央が持っていた権限が多少なりとも減少してしまうからです。

 

そこで、返礼品については「寄付額の3割以下」「地場産品」「金券の自粛」という通達を出したのです。
泉佐野市の今回発表した内容は、これに反している、と。
さらに、制度の隙間を狙って明らかに趣旨に反する返礼品によって寄付を多額に集めようとすることは、
自分のところだけが良ければ他の自治体への影響は関係がないという身勝手な考えであり、悪影響が大きい、と、反論。

 

ま、言い換えれば、これによって国の税収能力が減少するということの裏返しで、

国への影響は関係がないという身勝手な考え、に言葉を変えるべきです。

 

さ、そこで、泉佐野の弁護をします。
まず、このふるさと納税の政策的意義についてです。
これは日本の国が、戦後の復興を成し遂げ、さらなる飛躍を目指していたころの話です。
昭和37年、1962年、東京オリンピックの2年前です。
このころは、経済復興も一段ギアを変えて力強く動き始めたころです。
池田内閣では、有名な「貧乏人はムギを食え」と言いつつ、
所得倍増を目指していました。
確かに国全体としては、イケイケムードだったのですが、一方で、大きなマイナス現象が生じていました。
それは、都市間格差です。
中央の都市に人口が偏り始め、地方が力を失い始めたのです。
過疎化、なんて言葉がマスコミで語られ始め、いわゆる田舎の地方自治体は、

人口減少のあおりを食らって、財政的な危機を迎え始めていたのです。

そこで、全国総合開発計画として、日本の国土開発の位置づけをし、

所得倍増とともに、地域間の均衡ある発展を目指すことにしたのです。
まあ、ぶっちゃけて言えば、取り残されがちな地方救済の政策です。
まず、地方へ、生産拠点を移す政策がとられました。
これは、大企業の工場などの移転とともに、地域での雇用の創出、法人税の地元への還付など、
地方自治体の救済策だったのです。
多少の効果はありましたが、この恩恵は結局一部の自治体にとどまりました。
平塚にも、この時代に多くの工場が建設されています。
で、その後、続々と改訂された全国総合開発計画が提示されたので、
 後に、全体の位置づけから、最初の総合開発計画は、1次総とも呼ばれました。
で、2次総が出たのが昭和44年。
開発の基礎条件整備による開発を全国に均衡のとれた拡大、を目指しました。
3次総は、昭和52年策定で、定住圏構想と言うものが示され、
大都市への集中を回避する政策を掲げました。
昭和62年の4次総は、東京への人口集中、諸機能の集中を分散させるため、
多極分散型国土の形成、と言うことを標榜しました。
5次総は、平成10年に、総合開発計画と言う名称を変更し、
21世紀の国土のグランドデザイン、と看板替えをしましたが、
要は、今まで連綿と策定されてきた全国総合開発計画のことです。

 

つまり、国の重要な政策として、安保や外交とともに、

この全総に位置づけは、時の政権の目玉政策でもあったのです。
5回もの改定を繰り返してきましたが、それでもどこか漏れが出てしまい、
その都度、前回の総合開発計画を補完するように、改定版が出されてきたのです。
つまり、時代は流れるとはいえ、決定打を撃てなかったということです。
要するに、地方の格差は、様々な手法を使っても埋められなかったんですね。
この間、ますます人々は中央に流れ込み、地方自治体は人口が減り、

それに応じて、行政体の財政は悪化してゆきます。

 

ごく最近にデータでは、地方の人口減をよそに、首都圏だけでも年間14万人の人口増だとか。
正直打つ手がなくなってきている、と言ってもいいでしょうね。

 

かつて、竹下内閣時代に、ふるさと創生基金として、各自治体に1億円を無差別に配布したことがありました。
突然の金の使い方に戸惑った自治体は多く、一億円分の金塊を展示するなど、
なんの創意もないまま、この騒ぎは沈思化していったことがありましたが、覚えているでしょ。
要は、中央に集まる富を地方に分散しようという、いかにも無分別な政策だったわけです。

 

さ、そこで、今回のふるさと納税です。
平塚市は出遅れましたが、この制度を活用した自治体は多く、それなりの成果が出ました。
まず、財政的収入が上がったことです。
第2に、その土地の産業が潤ったことです。
例えば、焼酎を返礼品にしたとします。
そうすると、焼酎のメーカーの売り上げが増えた、ということになるでしょ。
地場産業の振興につながったわけです。
第3に、都市名の広報ができたということです。
ふるさと納税額のランキング1位の宮崎の都城市では、これらの経済的効用以外に、
都市の名が広まった、と実感したそうです。
今までは、高校野球以外では名が売れなかった、と。
地方都市に住む人間の心情に、自分の住んでいる街の名が知れらていない、

と言うことに、幾分かさみしい感じを持つものなんです。
それが証拠には、各行政体の中で、まちの名前を浸透させる政策が、必ず掲げられています。
これをどうでもいい、とするところはありません。
なぜなら、この精神的なものが、人口減を食い止める要因の一つだからです。


このふるさと納税の在り方について、国から地方の自主性を損なう様な手かせ足かせを掛けると、
せっかくの効果が減少してしまうでしょう。
今まで、5度にわたって繰り広げられてきた、

全国総合開発計画になかった、地方再生のきっかけが見出しつつあるのです。
逆に、もっと制限なしにし、展開すべきではないでしょうか。

世田谷区が、ふるさと納税のおかげで、税収が減少した、とぼやいていましたが、
中央にマイナス、地方にプラスと言う、政策の効果が出てきた、ということではないですか。
税収減をぼやく前に、世田谷もまたふるさと納税のシステムを活用すればいいことなんです。

 

泉佐野は、例の夕張市が財政破たをしましたが、その次の候補と言われていた市です。

正に崖っぷちなんですね。

なんだか、総務省のこの発言は、「首っつりの足を引っ張る非業さ」に通じていませんか。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
生老病死の生の意味

手水(ちょうず)と言うものがあります。
多くは、神社などの中庭にあって、参拝の折に、
手を洗い、口を注ぎます。
この手水の一種で、高級料亭の中庭なんかに置いてある手水鉢があります。
大体は、座敷を出ると廊下があり、その先に御不浄がある。
その手前に、ちょろちょろと水を流し、竹でできた柄杓かなんかが伏せておいてあって、
用が済んだら、これで水をくみ、手を洗うというわけです。

この手水鉢は、なぜか、吾唯足るを知る、という文字が円形に刻まれているものが多いようです。
直径では、およそ2尺前後。
外周は円形で、デザインとしては、寛永通宝とかの銅貨を見立ているんでしょうね。
この中央が四角く刻み込まれていて、いわば文字としての口になっているんですね。
この四角の部分に、水がたまるんです。
で、上から五、右に行って隹(ふるとりと読みます)。
下に下りて、疋、訓読みで、あしとかひきとか読みます。
で、左に上がって、矢です。
つまり、口を囲んで、時計回りに、五、隹、疋、矢、四つの文字が取り囲んでいるデザインです。
それぞれ、口を足すと、吾、唯、足、知の4文字になります。
これは、そのまま、吾唯足るを知る、ということの意味となります。

とても意味の深い言葉を、実に巧みにデザイン化したものです。

私は、ただ、足りていることを知る、という意味ですが、
これを別に、知足とも言います。

 

人間の欲には際限がなく、時に、他の人の分まで収奪するということがしばしばありました。
これはただひたすら、将来に対する不安から、物をため込む、

と言う習性がDNA化されて、人間の本能に、組み込まれてきたのです。
よく、リスなどが、秋に森になっている木の実を集め、食べきれない部分は地面に埋めて、
冬眠から覚めたら掘り起こす、と言う習性があることをご存知と思いますが、
あれも、蓄財の一つですね。
わが身を養う、最低限の行動なんですが、
その最低限ならともかく、時に、不用と思われるほど蓄財に執着する人がいます。
まあ、ゴーンさんなんかその一人でしょうね。
ともかく、人間にはもっともっとと言う思いが働きます。
その原点は、不安なんですね。
不安を解消するために、際限ない蓄財に走る。
もっともできればの話ですが。
でも、それをしていたら、食い扶持の総量には限界があるので、誰かがへこんでしまう。
つまり人の食い扶持にまで手を付けて、わが身の将来の不安のために蓄財するのは、
やはりおかしいだろう、というのが、吾唯足るを知る、の解釈です。

 

いま与えられているもので、十分としよう、というわけですね。
足りている、つまり不足ではありません、という現状をしっかりと知りましょう、ということです。
これはこのブログでも、何回も書いてきましたが、
キリスト教の聖書に繰り返し出てくるたとえ話、パラブルと言いますが、
そのうちの一つに、
「金持ちが天国に行けることは、ラクダが針の穴をくぐる事より難しい」
と言うイエスの言葉があります。
要は、いくら貯め込んでも、幸せになるとは言えない。
むしろ貯め込むことは、人の取り分まで手を付けることになり、
その人に苦痛を与えることになる、という考えなんでしょうね。
ですから、いま与えられているもので、先ずは満足しなさい、と言う事なんでしょうか。

 

正に、吾唯足るを知る、ということです。
このことは、併せて、与えられている事のありがたさにつながります。
初めに、命を父よ母からいただき、とてつもないエネルギーを注いで育ててもらい、
学校に行くようになってからは、先生に教わり、友達にささえられて、
社会に出てみれば、共に働く者がいて、品物を入れてくれる業者、品物を買ってくれるお客様、
すべてが、支えてもらって生きてきたわけでしょ。
それを当たり前ではなく、ありがたいことと認識しなくては、
私達が奇跡のごとく与えられた命の意味を見失ってしまいます。

 

そう言う物のとらえ方ができないと、
物はとしては豊かであっても、心の貧しい人生になってしまうんですね。

 

世の中にはとんでもない奴がいるもんだとあきれ果てたニュースがありました。
ま、確かに、暴力で我が子を殺してしまう鬼畜生もいますが、
それに匹敵する鬼畜生です。
「同意なしに自分を生んだ、という理由で、インドの27歳の男性が、両親を告訴しようとしているのだそうです。
サミュエルというこの男は反出生主義者(そんな主義があるんだ)で、
苦しみや悲しみばかりの世の中に、子供を産むことは倫理的に間違っている、と信じているのだそうです。
これは自分の命を粗末に生きていることと、とてつもないエネルギーを注いで生育してくれた親への冒涜でしょ。
第一、子が親を選べないこととおなじで、親も子を選べないんですね。
これはある意味、親子と言う人間関係の難しさかもしれません。
しかし、これをマイナスの条件と取っている限り、世の中、マイナスの条件だらけでしょ。
釈迦が疑問に思った、生老病死の「生」は、生きることの悩みだと思っていましたが、
もしかすると、このインドの男のように、生まれてくることの「生」なのかもしれませんね。

まいずれにしても不毛の裁判になりそうです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
味わいの原点

最近のテレビ番組は、芸人という第三の勢力が幅を利かしています。
以前は、歌手・俳優が基本だったような気がするんですが。
いまや、芸人抜きでは番組構成ができなくなってきているようです。

ま、これはこれで結構なことです。
新たにタレント(能力)が発揮できる場所が増えてきたわけですから。

 

で、彼らの仕事の一つに、食レポなるものがあります。
基本は、先ず何を食べるのか、が映し出されます。
天丼なら、天丼そのもの。
続いて、海老天ぷらかなんかを箸で持ち上げたもののアップの画像。

ブツドリと言います。
そして、いよいよ食べるシーン。
一口頬張ります。

一噛み、二噛みします。

すると、レポーターの表情が、露骨に変化し、うまい、と一言。

まあ、だいたいこんなところでしょ。
これって、食レポじゃないでしょ。

 

旨いかどうかなんて、報告すべきこととしては、最後の最後。
視聴者は、画像で見るだけですので、その内容を想像するしかないんです。
ですから、その想像を想定して、より具体的に表現するのが、本来でしょ。
で、一時妙にもてはやされましたが、味の宝石箱や、なんていうのも、失格。
宝石箱と言うきらびやかさを味覚にたとえたのでしょうが、
宝石箱を食べたことのある人なんていないし、
甘いのか、酸っぱいのか、旨味はどうなのか、食感はどうか、歯ごたえは、など、
口の中の反応をもっと明細に伝えるべきでしょ。

 

そんな中、最近時に貧しいボキャブラリーの人は、あまい、と言います。
あまさに感心する。
それと、柔らかい、と言うほめ言葉。
じゃあ豆腐でも食ってろ、と言いたくなるでしょ。
以前もブログに書きましたが、通常、牛肉の良い食材としてのランクは、A5とか言われますね。
それも、できれば、和牛の銘柄牛。
で、私としては、どうしてA5の霜降り肉がおいしいのか、よく分からなかったんです。
大雑把な感想としては、柔らかすぎて、舌に残らない。
つまり、食感として不満が残るんですね。
ま、すっかり総入れ歯にでもなってしまったら、これはこれでありがたいことかもしれませんが、
少なくとも自分の歯が残っていて、普通に噛み砕くことができるのなら、
柔らかければいいとは思えないんですね。
実際、まぐろなんかでも、おいしいのは、中トロでしょ。
大トロは、脂身がうまさを伝えてくれるけど、かみごたえがなさすぎるでしょ。

江戸の頃は、今より、食事の咀嚼回数が多かったようです。
つまりそれだけ、歯もあごも発達していました。

ですから、鮪のトロ系の部分は評価されずに、むしろ赤身を評価していたんです。

 

最近、歯列矯正をしている人が多くなりましたけど、あれは、食事時に咀嚼回数が少なくなり、

それによって、あごの骨が退化しつつあるからなんだそうですね。
人間の体は環境に応じて微妙に変化します。
余り食事時に、かまなくなると、あごが、必要の範囲まで退化するんです。
しかし、歯自身はその情報の取り入れ方が遅れるので、あごの骨が小さくなっても、

歯自身が小さくなっていないので、いままで収まっていたあごの骨が小さくなって歯がはみ出てしまう。
そこで、歯列矯正をするんですって。
要は、嚙む回数が減ってきたんですね。
つまり、咀嚼する能力が落ちてきているんで、柔らかい、が受ける要素になっているんです。

 

ま、それはともかく、この食レポで気に入らないことは、
口に入れて、ひと嚙み、ふた嚙みした時点で感想を言うことです。
咀嚼して、トータルな状況を作り出して、それを舌に載せ、
食材の香リ、味覚、歯ごたえなんかを、総合的に評価すべきじゃないか、と思うんですね。

 

私は、ハムサンドが好きなんです。
ま、ハムでなくても、ベーコンでも、ソーセージでもいいのですが、
要は、豚肉の加工食材と、パンの絡み具合が好きなんですね。
このうまさは、最初の二嚙み、三嚙みぐらいじゃ、味が出てきません。
噛んで噛んで、舌で練りまわして、正にペーストに近い状態まで咀嚼すると、
これが何とも言えない味わいになるんですね。
のどに落とす瞬間のうまみは、えも言われないほどうまさを感じます。


この、撹拌して作り出される旨味の、良く似ているのが白飯です。
白いご飯は、どちらかと言うと、おかずとおかずの合間の、口の中の味覚を
リセットするために食べていると思います。
例えば、ハンバークを食べて、その味が口の中に残らないように、白いご飯を食べる。
口の中の味覚がリセットされたところで、里芋の煮っ転がしを食べる、と言うようにです。
テーブルの上の位置づけも、主菜、副菜、しるもの、ご飯、という感覚で、
ご飯の順位が低いでしょ。
でもよくよく味わってみると、これがなかなかのものなんですね。
特に、おかずにちょっと遅れでご飯を口に入れ、一緒に噛み砕くと、

これまた絶妙のハーモニーが口の中で展開されます。
おかずの味プラスご飯による新たな味わいを経験することがあります。


これの極め付きがおにぎりじゃないか、と。
白飯と、塩、のり、それに、具材が、これは分けて食べないですから、
口の中で、ミックスされます。
じっくりと味わってみて下さい。
具材だけではこれほどのうまさを味わうことはできないはずです。
極端な話、のど越しの味を味わってほしいんですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
春節の爆竹

実は、どこの国も、現状に至るまでは、かなりえげつない内部抗争があり、
その結果、多かれ少なかれ、覇権を得た者たちが、その国を支配しているわけです。
つまり、覇権に対する強い欲望が国家形成の基盤と言ってもいいかもしれません。


中に、民族と言う認識の仕方があって、
血筋の違いや、言語、文化的風習、価値観など、微妙な違いと、生活領域による区分が、
民族意識を醸成し、今日に至っています。
きっと、歴史をさかのぼれば、今は和気あいあいの仲でも、
正に犬猿の仲だったことがあったんでしょうね。

 

特に中国は、覇権の歴史と言ってもいいくらい、次々と次なる勢力が国を治めてきました。
で、結果として、漢族が主流になっているのですが、
中には、他民族だったのが、漢族になってしまった民族がいて、

現在に至ったのではないか、と勝手に想像しています。
漢族は、中国の94%をしめる一大民族で、中国以外にも散っています。
移住先では、華僑とか、華人、唐人など名乗ってはいるものの、要は漢族なんです。
その数は、世界人口の20%と言われています。

で、この中国はとてつもなく広いですから、雲南省とか、どちらかと言うと海から離れた山間部には、
少数民族と言われる、言語の違いや文化の違いを伝統的に維持している民族がいます。
この数中国全体で55。
55の少数民族には、当然ですがさまざまな名称があります。
少数と言えど、満族などは985万人、神奈川県より多いんです。
回族も860万人で、大坂とトントン。
それでも少数民族ですから、中国はでかいんですね。

 

雲南省の12万人ほどの少数民族で、チンポー族と言う民族がいます。
まあ、ちょっと変わった名前だなと、気になったので、ご報告まで。

ともかく、基本は覇権行動の繰り返しで、現在に至っているわけですが、
やはり、人口14億と言う、日本の10倍を超える人々がいるんですから、
それは相当の大きな内在的な力を持っているはずです。

 

30年前と言えば相当昔の話ですが、その頃中国を訪れた時の印象は、
都市の一部は新興していましたが、ちょっと田舎に入ると、極端な話、戦後の日本でした。
まだその時のことを印象深く覚えているのですが、
湖南省の省都、長沙に行き、そこからバスで、150キロほど南に下った湘南の本家のまち、

衡陽に向かったことがあったのです。
この時、正に田舎道をごとごと走るのですが、

まだ道は十分に整備されていなくて、道路の標識ごときものはゼロ。
道路の路肩辺りには、背丈4〜5メートル、幹の直径20センチほどの街路樹が植わっているんですね。
で、その木の下から1メートルほどの幹のところに白いペンキが塗ってあるんです。
あたかも包帯でも巻いたようにです。
で、まあこれはそれなりに、道路の何かの役を果たしているんだろうと。
まあ、日本で言えば、ガードレールに近いものか、路肩表示のポールか、そんなところです。
夜走ると、まさにまちがいなく、ライトに白いラインが浮かび上がり、路肩表示になるんですね。
そんな状態でした。

 

何より、トイレの事情が驚くほど遅れていて、
200人ほど収容のレストランでも、トイレは表に出て行って、公衆便所で用を足すのです。
またそれが汚い。
食事の途中で見るべきものではないんですね。

 

このバスでの行程でのことです。
道には、ほとんど車は走っていないので、前方の遠くの景色が展望できるのです。
で、その日は日曜日だったのですが、20分、30分走るインタバルで、遠くに人だかりが見えて来るのです。
市かなんかが立っていて、近所の人が集まってきているんですね。
で、遠くでは紺色の塊なんです。
要は紺の服を皆が着ている、ということです。
でも紺色が多い所は、人の数も少なめで、要は田舎の小さい村落なんでしょうね。
そこを抜けてしばらくすると、また人だかりが見えてきます。
こんどは、紺以外に幾分か赤だとか水色だとかの色合いが増えてきます。
これは、そこそこ大きな集落で、田舎と街の中間ぐらいの規模なんでしょうね。
つまり、道端の市にお休みだから、人が集まってくる。
で、その集落の都会度、田舎度が服装のカラフルさに如実に表れてくるんですね。

 

ま、いずれにしても、あの広い土地でも、どんなところにも人が住んでいるんだ、と言うのが実感でした。

あのころのことを言っても仕方ないのですが、
最近のニュースなどを見ていると、とてつもなく、発展しているな、と思います。
きっと、長沙から衡陽までの道もきっちり舗装され、ガードレールなんか設置され、
街路樹は街路樹として、植栽されているんだろうな、と思います。
何よりも、市場に出てくる人の服装は、さぞかしカラフルになっているに違いないでしょうね。

 

そして、中国は国際社会においても様々なイニシアティブを握りつつあります。
こういうのって、それはそれで良しとすべしなんでしょうが、
根が、覇権の国ですから、そこがちょっと怖いですね。
せめて、民主主義の国だったら、それはそれでいいのだと思うんですが、
いわば、共産主義者の独裁でしょ。
リーダーがどのような舵を取るのかアブなしくって仕方ないですね。

 

この湘南の旅で、長沙に2泊したのですが、
二日目の朝のことです。
ホテルの窓の下を、とてつもない騒音を立てて車が走ってゆくんです。
思わず飛び起きて何事が起きたのか、と外を見ると、
小さなトラックの荷台に人が乗っていて、爆竹に火をつけて、路上になげ、
それが、爆音を立ててはじける。
パンパンパン、と、道に響き渡るのです。
朝の5時にですよ。
いい迷惑でしょ。
つまり、人の迷惑顧みないのが中国の人の本質なんですね。
しかも、春節から半年も経った時のことです。

ですから、春節になったら、凄まじいでしょうね。
テレビの報道でも、春節と爆竹の関係が取りざたされていますが。
正に中国人の民意のレベルの問題なんでしょうね。
大気汚染になるほどの状況だそうです。

 

自慢じゃありませんが、日本のお正月は、

お正月だからこその澄んだ空気に覆われますね。
初日の出を見るたびにそう感じます。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
マンションの防災

また、今年も恵方巻きが大量に廃棄されましたね。

底の浅い食文化など、定着しないでしょ。

やぶ枯らしさんの言うように、共食いだったわけですから。

 

さて、今日のテーマ。

 

私は、父の逝去とともに、それまで松風町の住家を離れ、
紅谷町のマンションに移り住みました。

そこで、今までとは違う形態の生活が始まったのです。
第一は、隣人たちとのコミュニケーションです。
松風町では、父が地域活動と縁遠かったため、自治会の行事とかは不参加が前提で、
向こう三軒両隣も、公園だったり、マンションだったりで、ほとんど接触ゼロ。
家への出入りは、車が主体ですから、車で出てゆき車で戻る。
隣人と顔を合わせること自体が無かったのです。
ところがマンションに住んでみると、
玄関ロビーや、ゴミ置き場、エレベーターの中で年中顔を合わせるわけです。
それに、役員も連続してやることになって、

まあ、マンション管理に関して、中心的に携わっている人たちとは、親しくなります。
そんなこんなで、松風町時代に比べると、雲泥の差で、

隣人とのコミュニケーションが豊かに展開されるようになったのです。
これは、実にうれしい成果でした。

 

第二の変化は、防災に関することです。
それまでは、木造二階建ての家に澄んでいて、多少の庭もあったので、庭先にスチール物置を一基置き、
そこに防災用の備品やらを収納していました。
父と二人で、家の周りをぐるりと見ながら、もし倒壊するとしたら、

この家はどんなふうに倒れるだろうか、と予測したのです。

で、倒れても影響のなさそうな場所にその物置を置きました。
いざとなった時に、中のものを取り出せるようにです。
そもそもが私は長いこと防災活動をしてきているわけですから、

その防災備品に関しては、実に事細かに整備してありました。
発生が冬か夏かは分からないわけですから、夏シーズン中心の着替えと、冬シーズン中心の着替えと、
2パターン用意しました。
一次避難用のものをリュックに詰め、いつでも持ちだせるように一番手前に置き、
正に準備万端整えてあったのです。
当然ですが、家具類はすべて金具で固定。
家は木造ですから、十分にビスが効きます。
そこで、簡単、安価な方法で家具の固定をしたのです。

 

で、マンションに引っ越してみて、引っ越しの荷物の整理をしながら、かなりの防災備品が廃棄されました。
どう見ても必要ないんじゃない、ということです。
そこで、改めて、防災の知識として、私が学んできたことが、ガラガラと崩れたのです。
つまり、家が壊れるかもしれない、ということが前提の防災対策と、
家は壊れない、と言う防災対策が、全く異なる、と言う事なんです。
例えばです。
夏冬それぞれにシーズンを前提とした着替えの準備は、家が壊れなかったら、
箪笥の中にあるんですから、改めて持ちだす準備はしなくていいでしょ。
非常食に関しては、ある程度のものはストックするにしても、
カセットコンロのガスと水さえ十分に用意してあれば、先ずは冷蔵庫のもの、
やがて、乾物、缶詰と食べる素材の順番をきちんと計画立てれば、
食べるか食べないかわからないカンパンの缶詰を10個も20個もストックする必要はないでしょ。

さらに事前行動として、よく、被災後家族の集合場所を決めておく、なんてことも、
家が残っていれば、家に戻ってくればいいのだから、余計な予備行動は必要ないでしょ。
現金も、薬も、家にあるんですから、持ち出し品の中に入れる必要はないでしょ。
よく、防災用の持ち出し備品リストと言うのがあって、
いくつかのパターンがありますが、細かいのだと、およそ、50から60項目ぐらいが記載されています。
で、家が壊れる可能性がある場合、そのほとんどが準備すべきものとなります。
しかし、家が残っている場合は、その半分ぐらいで済むんですね。
要は、電気・ガス・水道の普及までどのように食いつなぐか、だけ考えればいいのです。
避難所での不自由な生活を想定する必要はないんです。

 

ただ、マンションにもデメリットがあります。
それは家具の転倒防止に関することです。
木造の家では、簡単に転倒防止金具で家具を固定できました。
しかし、マンションでは、壁の下地が石膏ボードの場合が多く、ビスが全く効かないのです。
したがって、市販のツッパリクンの類の固定器具で対応するしかないんですね。
でも、私はこれが確実な方法だとは思えません。
一つは、地震は発生地点が南か、東か、西か、確定的でないでしょ。
やってくる方角から、縦波横波がやってくるのです。
つまり揺れの方角が違うんですね。
したがって、ツッパリクンでも幅の狭いものは、初期の揺れで外れてしまう可能性があります。
つまり多少の幅がないと、時に外れる可能性があるということです。

 

そこで、これらの問題を考え、独自にcotyman7と言う固定器具を開発しました。
これは、3月10日の中心街で開催されるひらつな祭で公開しますし、
起震車で、実際に箪笥の転倒とともに、cotyman7の効果を実験します。
時間があったら、お越しください。

極めて優秀な固定器具です。

 

マンショでの家具転倒率のデータがあります。
これは、東日本大震災での記録なんですが、マンションは階が上になるほど揺れ幅が大きく、

ま、当たり前ですが、それによる転倒率が大きくなってゆきます。
そのデータによると、1〜2階・17%、3〜5階・24%、6〜10階・32%、11階以上47%です。
見事な数字でしょ。
上ほど転倒するということです。
家具の転倒は、阪神淡路大震災で直接死した5500人のうち、家具の下敷きになって死んだ方が10%、
およそ500人をこえる、と言うんです。
これは神戸の大学で、すべての被害者の死因を検視した結果だそうで、極めて信頼性の高いデータです。
つまり、家は壊れなくても死の可能性はある、ということですね。

考えれば、地震の災害から命を守るのは、壊れない家、倒れない家具の二つに尽きるんです。

 

ま、もう一つ、南海トラフ地震では、平塚海岸の押し寄せる津波は、

地震発生後30分到来し、その高さ4メートルを想定しているようです。
海岸地区の方は、これに対する対応も必要ですね。
心して準備しておきましょう。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
51%と言う正義

民主主義を定義するのは、けっこうむずかしいのです。
その歴史的な経緯や、現在の形態など、様々な要因で、いかようにも解釈できそうですが、
単純に言えば、重要な物事を決定する主権が民にあるという、主権在民のことです。


これは、人間の集団が徐々に膨れ上がり、群れなんていう言葉では表せないほど数が増え、
その規模が大きくなってゆくうえで、
集団全体がいかに食ってゆくか、と言う問題に対処するため、
食料争奪を敵対勢力と争い、勝利することで集団が食えるようになる、

と言う闘争の本能がベースになっているはずです。


そして、その集団が国家と言う形態になってきた時、その内部の統制をどう進めるのか、
と言う手段と方法論の一つが民主主義です。
当然ですが、歴史的過程において、権力を集中させることによって、
国家的な存在はより確かなものになるのですが、
内部がそれによってより民主的に運営できるか、ということは、別問題でした。
むしろ当然のように、権力を集中してきた連中がいつの世にも存在します。
例えば、武力を背景に権力を集中し、それを継承されてきたのが王政です。
王と、それを取り巻く貴族による執政が展開されてきました。
ところが、権力が集中すると、ほとんどの場合、高権を弄(もてあそ)ぶようになります。
つまり権力者の執政が民のための執政から外れ、高権を得たものの執政になってしまうからです。
そして同時に、民は搾取される立場になり、それに反発するようになります。
近世において、多くの王政が破たんしたのは、当然の流れで、
その民の反発の結果が、主権在民と言うことになったのです。
ま、極めて大雑把な流れですが、そういうことです。

 

そこで疑問なんですが、

権力者と収奪される民の関係は、国家が形成されるようなると、
どこでも生じてきた問題なはずです。
しかし、人類が民主主義にたどり着くのに、とてつもない長い時間がかかりました。
歴史には記録さえされなかった民の権力に対する抗争は、
規模の大小はともかく、おそらく各地で様々に展開されてきたはずです。
結果として強権に抑え込まれ、やっぱだめだった、の繰り返しをしてきたんでしょうね。

 

で、それが、可能になり始めたのには、何かがじわじわと進化してきたからだろうと思うんです。
例えば、人々のIQなどが大きく向上したとか、概念として、主権の意味を形作られるようになったとか、
記録の手段が進化したとか、情報の伝達が緻密になったとか、
なんかが、少しづつ変化・進化して、人の意識が向上してきたんだろうと思うんですね。
これじゃいけない、と。


よく、民意以上の政治は行われない、と言いますでしょ。
意識の高い人々が多ければ、意識の高い政治が行われ、
粗暴な人間が多ければ粗暴な政治が行われる。
心優しい人が多ければ、心優しい政治が行われる、と言うことです。
質の低い政治家が登場するのは、その背景となった人々の意識がそういう選択をするわけで、
それが民意であり、民意以上の政治が行われない、と言うメカニズムは、

いつの時代でも原理原則となっているわけです。

 

世界の政治の形態として、基本は民主主義なんですが、まだまだ民主主義途上国は多く、
ある国際機関が、民主度をデータ化しました。
それによりますと、
レベル10−9は、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、北欧三国。
レベル9−8は、すぺいん、ドイツ、いぎりすなど。
レベル8−7は、アメリカ、韓国、そして日本などです。
以下いくつかの段階があって、
低い方では、ロシア、中国など、
最悪なのが、北朝鮮、サウジアラビアなどです。
ま、総じて旧共産国家は、民主度が低く、

人民主権であったはずの共産主義国家がこの体たらくというのは、
高権が弄ばれているからです。
例えば、それまでの王侯貴族支配政治に人民が蜂起し、

人民の政府を樹立しても、結果、時の主導者の独裁になり、
北朝鮮のように、金王朝が出来上がっただけで、
一歩も民主主義には近づけないんですね。
これは、間違いなく共産主義と言う人民主体の政治理念を持っても、
権力者が、単に入れ替わっただけ、という結果になってしまうんです。
くどいようですが、高権と言うのは、おうおうにして弄んでしまうものなんですね。
トランプにその要素を垣間見ることができます。


さて、では、真の民主主義とはどういうことなんでしょうか。
最近、とてつもないエネルギーを人類は注いできて、とりあえずもっとも公平なシステムとして、
民主主義をベースとした政治体制を作り上げてきましたが、
どうもこれまた不完全なんではないか、と感じるんですね。
それは、紙一重でポピュリズムに陥りがちだからです。
言い換えれば大衆迎合を主に政策決定が行われる、と言う事なんです。

 

朝三暮四、という言葉があります。
これは中国の故事にたとえられた話なんですが、
あるお大尽がいて、これが殊の外猿が好きで、多くの猿を飼っていたのです。
ところが、経済的な躓きがあって、だんだんと景気が悪くなって来た。
で、とうとう、今までのように十分に猿に餌をやることが難しくなった。
そこで、猿を集めて、これからは今までどおり十分なエサを与えることができない。
ついては朝に3粒のドングリを配る。
夕方には4粒のドングリを配る、と言います。
猿たちはそれをきいて、一斉にブーイングをし、反抗的な態度を見せます。
で、そこで、しばし考え、ではこうしようと新たな提案をします。
朝は4粒、夕方は3粒と言うことでどうだ、と。
それを聞いた猿たちは、納得をした、と言う話です。


結果、一日では同じ数でも、ついつい目先のことに捉われ、

朝の4粒に納得してしまったという事なんですね。
これは大衆と言うのは、そういう目先のことで判断しがちである、と言う戒めの言葉なんです。
ま、人間と猿は違うぞ、と言いたくなりますが、
本質はそうは変わらないんでしょうね。

大衆と言うのは、先見性や、大局性と言った視点の欠如は、

高所大所で物事をとらえるということが苦手なんです。
そこで、意見を集約するのに、意志をカウントするわけです。
ギリシャの時代の貝殻投票もそうです。
どのぐらいの比率で賛成者がいるのか、それが民の意志で、

その意志によって重要な事項の選択がされる、
というのが民主主義なんです。


しかし、このご方法が最善なんでしょうか。
私が最近疑問に感じている、と言うのが、

51:49でも多い方が選択されるということです。
51の賛意がすべてで、49の反対がゼロにリセットされてしまう、というのが、
よくよく考えればずいぶんと乱暴なシステムだな、と。

51%を得た途端に、それは正義になるんでしょ。

それよりも疑問は、なぜ、賛成反対に分かれてしまうのか、ですね。

考えとして多様性があるとは言うものの、
もう少し何とかならないんでしょうか。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
百科事典教育

人間は、教育と言う制度の中で、生きてゆくうえで必要な知識、技能を獲得し
いわゆる一人前の人間になってゆきます。

 

しかし、単純に他の動物と比較すると、
まずはそもそも与えられている本能、DNAに刷り込まれている情報に従って、生きてゆきます。
ヒツジや馬は、産み落とされるとしばらくして立ち上がり、自分が歩いて母親の乳を探ります。
哺乳類や鳥類の一部は、餌の確保の仕方を親に教わりますが、
魚や昆虫などは、本能的に餌を確保します。

これらの中にあって、群れで生活する動物は、特に本能にプラスして群れとともに生きるための能力が必要で、
その多くは、後天的に身に着けてゆきます。
まあ、見様見真似と言ったことでしょうか。

 

この後天的に、生き方を身に着けることを教育と言います。

 

通常教育と言うと、知識や技能、考える力や創造する力、表現する力などを習得することを言います。
ま、間違いはないんですが、その根底に、群れで生活する知恵が基本に無ければいけないんです。
どうも、最近の教育が悪いのか、群れで共に生きる能力が不十分な人が、多くなってきているような気がします。
このいわば社会性と言うか協調性と言うか、人格形成の基本になるような能力はもっと重視して、
教育システムの中に組み入れるべきではないでしょうか。

 

そもそも、現在の教育システムは、いわゆる公教育と言われるもので、
それはイギリスの産業革命による社会構造の変化に対応したものとして形作られたのです。
産業革命は始まったのが、1700年代の半ば。
これにより、消費材の大量生産が始まり、併せて、それに伴う消費が促されてゆきます。
人々は、この新たな経済システムの発現で、私権獲得の可能性を感じ取り、
人口は都市に集中し、近代国家の礎が形成されてゆきます。
そして、国家の運営的観点で、国民の教育の必要性が問われ、
1870年、イギリスで公教育が始まります。
日本では、明治に時代が変わった時です。
やがてこれは人種、宗教、国境を超え、必要なものとして認識を得、
多くに国々が、当然のように公教育を取り入れます。
そしてさまざまな形態の進化とともに現在いたるわけです。

と言うことは、それ以前はどんな教育をしてきたのか、ということですね。


その代表として、ヨーロッパの貴族階級が子弟に行ってきた教育があります。
さまざまな内容があったと思いますが、それは、お抱えの家庭教師がいて、子弟を教育するんです。

今の教育は、いわゆる科目別に学ぶべき内容が整理され、
国語、英語、数学、社会、人文地理、歴史、理科、音楽、芸術など、整理されています。
そしてコンピューターに関する科目まで加わり、時代に対応した教科に分類されています。
当然ですが、相応の教科書があり、その専修を履修した先生がいて、
教師のマニュアルにそって、子どもたちを指導します。
正に、精一杯システム化した教育が施されています。

 

ところが、中世の教育と言うのはこれほど整理されていなかったわけですね。
当然教科書がない。
で、どうしたのか、と言うと、いわゆる百科事典教育というものです。
百科事典には、ありとあらゆる項目が記載されています。
で、これをランダムに知識として取り入れてゆくわけです。
もちろん、ギリシャ語はギリシャ語として勉強したとは思いますが、
歴史の、地理の、と言うような区分はされていなかったはずです。

 

私の母が、4女、5女の双子が生まれた時に、将来必要になるはずだ、と、
ブリタニカの百科事典をセットで買ってくれました。
当時で何十万かしたはずです。
専用の本棚の中に整理してしまってありましたが、
ほんの数回、私があることを調べるために手に取った以外は、ほとんど手つかずで、
結局、紙として廃品回収に回ってしまいました。
すでにもう時代遅れだったわけです。


その頃、電子百科事典が出てきました。
それも今よりは収納容量が小さかったのですが、それでも数万円はしましたから。
金額は10分の1、内容は倍ぐらいだったわけで、はるかに使いやすかったわけです。
しかし、ネットでの情報はそれをはるかに超えたものでした。
時に母にとっては、なんのことやら、という状況でした。

 

今は、百科事典教育は、公教育には取り入れられていませんが、改めて、その意義が見直されています。
特に、私は見直しています。
そう、ウィキペディアがそうです。
これに限らず、ネットで公教育と検索すれば、ほぼ、欲しい情報は得られますでしょ。
実際、ブログを打ち込みながら、時に不安になる言葉遣いや細かな情報は、ネットで確認します。
そして、ほう、そうだったのか、と感心するんですね。

今になって、いわゆる百科事典教育をされているんです。
改めて、求めた情報・知識以外は身に付かない、ということがだんだんわかってきました。

 

小学校1年生の時から教育を受け、大学卒業まで、途中浪人1年を含めると
17年間の長きにわたって、公教育を受けてきました。
でも、卒業してから身につけた知識の方がずっと多いんですね。
公教育の中で、求めてもいない知識を詰め込まされるのは、学ぶというメカニズムの基礎を身に着けるためなんですね。
三角関数は必要か、なんて議論がありますが、確かに、学ばねばならない、と言う人もいるでしょうが、

一律必要かどうかは何とも言えないでしょ。
高校時代、ある先輩が、家計簿にルート100円なんて数字は使わないだろ、と言っていたことが思い出されます。


まあどっちがいいのか、そろそろ考えなくてはいけないんじゃないか、という気がします。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
のんびりもまたよし

私の部屋は、マンションの5階、西向きの部屋です。
視界の7割ぐらいはビルの壁面。
ちょうど郵便局の入り口が見えるところなんですが、その前の歩道を行き来する人が見えます。
天候が怪しい時をそこを通る人が傘を差しているのかどうか、視認します。
傘をさしていたら、自分も傘を用意して出かけます。
不思議と、この部屋からは雨音がほとんど聞こえないのと、

小雨程度の雨はよく見えないんですね。

ですから、雨模様については路上の人のようすで確認するしかないんですね。

今日は晴天です。

雲一つない驚くほどの快晴度です。
ただ、さすが、2月、冬のど真ん中と言うことなのか、晴れ具合もいささか重い感じがします。

 

窓から見えるビルの景色も四季があって、その表情を読み取るのが結構面白いんですね。
特にビルの間から見える高麗山を覆う木々は、遠くからも、色具合が変化するのがわかるんです。
むすぐ春だな、とかですね。

 

2012年の2月、妙な体調の変化を感じ始めていました。
二重に物が見える複視、首に力が入らず、ついつい下を向いてしまうとか。
病院での診断の結果、重症筋無力症。
これは難病の指定をされている病気ですから、とんでもないことになった、と思いつつ、
まあいつか死ぬんだから、と、妙にさっぱりした気持ちになったんですね。
仕方ないでしょ、なっちまったんだから。
で、その時、勝手にあと5年の寿命、と決めつけたんです。
まあ、覚悟をしたと言いうことです。

 

で、その覚悟も、有効期限としては2017年迄ですよね。
5年と言う事なんですから。

ま、でも死んだかもしれない時からもう2年余分に生きているんです。
いや、とてもありがたいことです。
大儲けの命をこれから使っていけるんですから。
とはいえですよ、この歳月の流れることの速さ。
きっと、あと5年だろうと、10年だろうと、あっという間なんでしょうね。
儲けものの命だからと雑に使うと、それこそ何もできないまま終わってしまうかもしれません。
かみしめるように日々を過ごさなきゃいけないんでしょうね。

 

て、つい先日、おせちを家族で食べたな、と思ったら、もう2月ですもんね。
光陰矢のごとし、とはよく言ったものです。
一か月の時間感覚は、正にあっという間の出来事で終わりでしょ。
いや、これは年を取ったからなのだ、とか。
確か、チコちゃんに叱られるでやっていたように記憶していますが、
年よりはどうして一日が過ぎるのが速いのか、という原因を説明していました。

それによると、感動したり、わくわくすることが減ってるからなんですって。
この感動度が多いほど、時間の経過をかみしめることができるので、
その分充実した時間になり、一日の経過がゆっくり感じられるんだとか。

でも、私はいささかこの説には納得しきれないものがありました。

 

小学校6年の時です。
私は、姉とその友人が湯沢にスキーに行くというのについてゆきました。
とても楽しい時間を過ごしたのです。
途中、斜面を滑って、中ほどのところでスキー板を外して、雪の斜面の腰を下ろして
一休みしていたのです。
そこは、スキー場の全景が見渡せるくらい視界が広がっていました。
眼の前に、背丈3〜4メートルほどの木が立っていたのです。
枝には、もちろんは一枚すら残っていませんでした。
その木の枝ぶりを見ながら、今のこの楽しい気持ちを景色を目に焼き付けることで、記憶しておこうと思ったのです。
今でも思い出すことができる風景です。
12歳の子どもがどうしてそんなことを考えたのか、と言うと、
この楽しい、ドキドキワクワクの時間って、きっとすぐに終わるに違いない、と思ったからです。

ですから、ドキドキの時間の内容が密だからそれが時間の長短の感覚に影響する、

というのは、必ずしもそうじゃないんじゃないか、と思うんですね。
誰かから聞いた話ですが、私はその説が理解し易いと思っています。

 

それは、一日の時間はそれまで経験してきた時間を分母にして割った数値に比例する、と言うんですね。
ややこしい説明ですが、具体的に解説しましょう。

小学校6年生、12歳の少年の一日当たりの数値は
365日×12年=4380日。
つまり、4380分の1と言う数値です。
計算すれば、0.000228です。
今年、後期高齢者の一日当たりの数値は
365日×75年=27375日になります。
計算すると、0.0000365です。
後期高齢者になった私の一日当たりの持つ人生における比率は、
少年の頃の6分の1の重みしかないのです。
ドキドキ・ワクワク以前に、物理的に脳みその中で処理する物量が違うんですね。
一日の持つ意味の重さがここまで違うんですから、
光陰矢のごとし、となってしまうんですね。

 

先人はこんな警告をしています。
少年老い易く学成り難し、と。
密度のある時間を過ごす少年時代でも、あっという間に時は過ぎるんです。

まあ、確かに記憶とか、を前提に考えると、

ドキドキワクワクが与える時間の密度は間違いなく意味あるものとしても、
やはり時間の経過は、同じ速度なんですね。
1時間の中で何をしたのか。
1日を有意義に過ごしたのか。
その集積として、有意義な人生につながるんでしょうね。

 

ま、のんびり過ごすのも、価値ある過ごし方の一つであるのは間違いないことですが。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
この季節、なんてったって鍋

寒い日が続きます。
昨日みたいに、雨がしょぼしょぼ降ったりすると、余計、体の芯まで冷えてしまいますね。
こういう時は、やっぱり鍋でしょ。

日本人は、もしかすると世界の中でも、もっとも鍋好きの民族かもしれませんね。


鍋を食べる理由聞いたアンケートがありました。
1位は、寒さをしのぐため、2位は、みんなで仲よく食卓を囲むため、
3位は、野菜を多くとるため、と続きます。
ま、当たり前すぎる理由が並びました。
つまり当たり前だからこそ、みんなが好むんですね。
そこで、好きな鍋ベスト10です。
男女、年齢を超えて総合1位は「すき焼き」 75.5%
2位 「しゃぶしゃぶ」 56.4%、3位 「寄せ鍋」 53.0%、4位 「水炊き」 47.7%
5位 「カニしゃぶ、カニ鍋」 32.3%
以下、「ちゃんこ鍋」、「カキ鍋、土手鍋」、「もつ鍋」、キムチ鍋」、「石狩鍋」と続きます。
ま、ここまでは多分大体は食べたことがあると思います。

 

このほか、順位は低いのですが、食べたいランキングとしては上位のものがあります。
つまり、いろいろな理由でチャンスが少ないんですね。

でも、これはちょっと違って食べてみたい、と言う鍋です。

この上位に、ふぐちりやすっぽん鍋が入ってきますが、これって、ちょっとお値段が張るんで、なかなかチャンスがない。
その意味で、好きとは別に、願望のような意味での食べたいランキングなわけです。

 

以前、40年ほど前の話ですが、京都の老舗で、すっぽん鍋を食べたことがありました。
会費は結構な値段で、その当時で、1万円を超えていました。
ですから、その値段から、とてもいろいろと期待したんです。
で、宴が始まると、先ずは突出しが出てきて、まあ、これはごく普通で、想定内。
すると、早速、主役の鍋が持ち込まれ、くつくつと煮上がると、仲居さんがおもむろに蓋を取り、
中のものをすくって銘銘に分けてくれます。
最初に少しばかりの葱中心のお野菜、次にすっぽんのどこか(部位までは分かりません)。
確かほんのふた切れほど。
で、メインはこれで終わり。
で次はどうなる、と期待したところ、早速ご飯を鍋に投入。
え!もうシメかよ、と思ったんですが、さっさと溶き卵を入れて仕上げ、これまた銘銘に分け入れて、終宴。
正直、高いだけじゃん、という感想、半額でも又行きたいとは思いませんでした。
根が貧乏人なんですね。

 

ふぐちりも、お店で食べると、やたら高級なものなんですが、
今は、安全に調理済みのものが宅配で取り寄せることができます。
実とあらと、皮がついてきて、決して手が出せないほどのものではありません。
金額的には、上等のすき焼を食べる程度でしょうか。
下関の色々なところで、このみがきのフグを通販していますから、一度お試しください。
てっさ(フグの刺身)がメインですが、一緒にあらもついてきますから、これ鍋を楽しみつつ、
刺身で一杯と言うことで、大体、1人前2000円ぐらい。

 

ま、そもそも鍋は庶民的な食べ物ですから、このあたりの贅沢鍋は外して、
ごくごく気楽に楽しむことも大事です。
この上記ランキング以外でのお勧めは、なんといってもしょっつる鍋でしょうね。
秋田の郷土料理です。
しょっつる、と言う字は、塩・魚・汁をつづめて呼ばれるようになったものです。
しょっつるは魚醤の一種で、大豆の醤油ができる前は、魚醤が調味料の本流でした。
まあ、歴史のある調味料なんですが、これが独特の風味があって、しょっつる鍋のうまさを支えています。
中の具材は、主にハタハタなんですが、以前はうんざりするほど取れていたのが、
最近は漁獲量が減って、なかなか手に入らなくなりましたが、
この魚と、地元産のこれまた風味の豊かな野菜で、煮込みます。
ハタハタのメスの腹に卵があって、やや緑色の粒の大きいものなんですが、
これを半煮え状態で食べるんですが、食感と言い味といい、独特のものがあります。
同じ秋田の郷土鍋できりたんぽ鍋があります。
基本は比内地鶏の出汁で、鶏肉、野菜たっぷりな鍋で、最初からシメ替りにきりたんぽを入れて煮込みます。
これまた鍋の出汁と相まって絶妙な味わいです。
さすが寒い地方だけあって、鍋の熟達度は優れたものがあります。

 

最近は食事も国際色豊かで、ほぼ世界中の鍋料理を楽しみむことができますが、
お隣韓国では、キムチチゲが代表でしょうか。
素材としては日本で十分にそろえられますので、ちょっとピリ辛を楽しみのもいいでしょうね。
何より体が温まりそうです。
中国では、火鍋でしょうか。
最近流行ってきました。
この火鍋は、30年ほど前に中国に行った時に初めて食べました。
いや旨くて感動しましたね。
鍋の中央が巴形の仕切りがあって、一方に普通のだし汁、一方に薬膳系のピリ辛のだし汁。
好みの応じてどちらかのだし味で楽しむことができるのです。
で、ここがちょっと変わっていたのですが、先ずレストランに入ると、鍋が出てきます。
鍋の具材は、店の中をワゴンを引きまわしているウェイトレスが近付いてきたら、
ワゴンの上に載っている食材で好きなものを取るんですね。
ただし、食材が載っているさらには一種類だけ。
豚肉、と言ったら一皿豚肉です。
豆腐は豆腐、ねぎはねぎ、カモメはカモメという具合です。
ですから、大人数じゃないと、食べ残すか、少ない種類下食べることができないんですね。
ま、これも中国らしいかな、と思います。
ベトナム料理で、トムヤンクンというのもありますが、強いて分類すれば鍋料理。
ま、なかなかの人気ですね。
あんな暖かい所でも鍋があるんだ、と驚きます。
調べてみるとアフリカだってあるんですね。ま、要は、スープのごった煮みたいなもので、
それを私達が鍋料理、と言ってるような所もありますが。

 

ならば寒いアラスカとか、要はエスキモーの料理に鍋はないのか、と思い調べてみましたが、
基本は、エスキモーは生肉を食べるんだそうです。
野菜の類が十分取れないので、肉に火を通すと、ビタミンなどが壊れてしまうから、
と言うのが生肉を食べることの大きな理由だそうです。
これまた知恵なんですね。

 

ま、雑念に捉われず、素朴にみんなで鍋を囲んで、ワイワイと食べるなら、
何を入れようといいじゃないか、と言うのが基本ですね。

 

お詫び:ベトナム在住歴の長いわが友人から、トムヤムクンはタイの料理ではないか、と指摘がありました。

その通りです。修正してお詫びいたします。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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