水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
あべちゃん元気かな

改めて、日本の国家がどのように運営されているのか、整理してみましょう。
まず、主権在民と言っているのですから、民主主義を採用し、
公明に選挙によって、私たちの代表を選出し、
その人たちは、立法府たる、参議院か衆議院のどちらかに属してしています。
参議院議員248人、衆議院議員465人、あわせて713人。
で、基本的には三権分立ですので、立法府としての権限は立法行為にとどまっています。
行政府としては、立法府の代表が各機関、省のトップを務め、その下に議員たるの政務次官、
官僚たる行政府代表の事務次官がいます。
各省庁のお役人の任免権を私たちは持っていません。
一方、司法に関しては、最高裁を頂点に、段階的に裁判制度が実施できるように、司法制度が整備されています。
ちなみに、司法委関係の畑に進出するには、司法試験の合格者で、それぞれ裁判官、検察官、弁護士のいずれかの選択をします。
これも厳しい試験合格者ではありますが、私たちは、最高裁の裁判官の罷免権はありますが、任命権はありません。
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主権在民と言いますが、国の基本的骨格である三権については、
唯一、立法府の構成員の選出のみ権利を与えられているのです。
残りの二つの分野については、独立的な運営がされていて、司法に関しては個人に意思によって職を得ることができますが、
通過のための試験も含め、私たちはその就任について手出し口出しできません。
官僚もそうです。
国家公務員ですから相応の試験成果がないと合格しないのだと思いますが、
誰を採用するのかは、管轄省庁の担当者に任せられるわけでしょ。
つまり、人事の基本である人選の権利があるのは、三権のうち立法だけなんです。
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ですから、主権在民と言いながら、主権とは何か、と言うことについて、

私たち自身はあまり真剣に考えてこなかったと思うんですね。
まあ、悪く言えば、因習と言うか、旧来のシステムを踏襲し、そんなものだ、と受け止めているわけです。
つまり、三権分立のメカニズムはこれでいいのか、と言うことなんですね。
なんとなくですが、何年かに一度、国政選挙が行われ、私たちに意思は反映されている、と考えています。
まあ、中には金をばらまいて議席を確保する広島方面の輩もいますが、きっとこれは例外的な存在でしょ。
で、問題は、立法府の構成員を自らが選択した気でいて、それによって主権を行使したと思い込んでいるんですね。
よく考えてください。
私たちの生活の大半は、行政府によって形作られています。
ただそこのトップには、国会議員が就任するんで、そのことも主権が及んでいると考えがちですが、
総理大臣をはじめ、私たち国民の意思を反映した人事ではありません。
国会議員による人事ですから(それもごく一部の)、間接的ではあるので、
主権が及んでいると言う実感を得ることはできません。
ただ、713人の国会議員の選出に関わったと言うことでしかないのです。
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何を言いたいのか、と言うと、
行政と立法の人事が一部重なっているために、
行政府の権限と、立法府がすべきこととの位置関係が判然としないでしょ。
予算委員会などで、あれこれ党派の代表が行政府に対して質疑をしています。
立法府の一員としてです。
望ましい法律を作るのが彼らの役割です。
で、これらの疑義に答えているのは、立法府の一員として選出された大臣、副大臣なんです。
これらは行政府の責任者として回答しているわけです。
なんか妙なシステムだと思いませんか。

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そもそもが最も妙なシステムとして感じるのが、議員立法と言う制度とその表現です。
様々な状況を鑑み、法文を作成し、新たな時代の流れに沿うような新たな法律の成立を目指すことでしょ。
つまりこれこそ、立法府の最大の使命ではないですか。
その使命を担わんとして各地で手を挙げ、立候補し、選挙で選択される、
つまり立法の担い手として国会に登場しているんですから、
立法にための議員でしょ。
でも議員が立法にかかわった法律は、議員立法と言われる。
じゃあそうでないのは誰が立法するんだ、と言う事でしょ。
まあ、当然ですが関係省庁から上がってくるわけです。
行政がスムースに効率的に展開出来るような法律が出てくるわけです。
決して間違いだとは思いませんが、
その成否の権限を国会議員が握っている以上、行政府は不等式としての小さい側に位置するわけです。
どこが三権分立なんでしょうね。
これは、ただの概念に過ぎないのでしょうか。
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要は、立法と行政の境目が判然としないため、微妙にお互いに互助会的な存在になっていますね。
行政を担う、国家公務員として、何千何万の人が関わっているか知りませんが、
立法側の713人も、そもそも何しているのか判然としないでしょ。
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最近の実感です。
コロナ騒動はもう国難と言っていいでしょ。
こんな騒動の最中にも関わらず、国会は開かれていない。
専門家が強制力を持って感染拡大をコントロールするために、
新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正をしてほしいと。
切々と訴えているのに、取り上げる場がない。
なんていう立法府だ。
713人の国会議員はこんなとき何をしているんだ、と思いませんか。
与党とか野党とか、主義主張の前に、国民の健康と安全と言う、政治が守るべき第一義の対応を、
真正面から、取り組んでいない、としか見えないでしょ。
何より、安部ちゃんは姿を見せませんね。
もしかしてコロナにかかったんじゃないでしょうか。
何しろ、意地を張るように配布したマスクを着けていましたから、

あれじゃあ、コロナにやられちゃうんじゃないの、
とみんな言ってましたもんね。
ともかく顔がでかいのかマスクが小さいのか、妙なアンバランスでしたもんね。
ひょっとしてひそかに治療中かもしれません。
みっともなくて陽性でした、なんて言えないでしょ。

マスクのせいにされちゃうから。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:35 | comments(0) | - | - | - |
5%と言う評価

非常時にこそ、政治家としての政治能力が問われます。
その意味では、現在、世界中が非常事態に陥っています。
そこで、世界の主要国を対象に、国民が自国の指導者に対して、新型コロナウイルスへの政治力の評価をしました。
で、日本は惨憺たる結果になったのです。
安部政権の対応を評価した人は5%と言う低率。
ひどい数字でしょ。
100人中95人、ほとんど全員が、安部のやり方はダメだ、と決めつけたようなものです。
ちなみに、評価が高かったのが、中国で86%、多くの人が政権の対応力を評価したということです。
続いてベトナム、82%、ニュージーランド67%とそこそこの支持でした。
日本に次いで低かったのは香港11%、フランス14%。
世界平均は40%だったので、日本の5%は、ダントツに悪い結果となったわけです。
死者数、感染者数ともに、他国に比較すると決して多いわけでもないのに、

政権としての評価は最低だったのです。
この調査をした機関の責任者が、
「日本の低評価は、緊急事態宣言の遅れなどで安倍政権の対応に批判が続いていることと合致している。
間違いなくコロナウイルスの指導力のストレステスト(特別検査)で落第した」と分析コメントがついています。

そう、落第点なのです。
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8000万枚のマスクの再配布だの、
GOTOトラベルの間際での東京除外だの、ばたばたした判断が今も続いています。
GOTOトラベルが、GOTOトラブルになってしまいましたね。
そもそもが、尾身茂氏が16日に、GOTOトラブルの中止を提言したのに、
西村経済再生担当大臣が、今からでは間に合わない、とこの提言を拒否したそうです。
よく考えれば、そりゃあそうだろうと思うんですね。
このコロナ騒動の総指揮官が、経済再生担当大臣です。
コロナを抑えるか、経済を救うか、と言う二者択一の場合、経済を救う選択をするに決まっているでしょ。
そういう立場なんですから。
ですから当初から、なぜ加藤厚労大臣が、指揮をとらせてもらえなかったのか、と疑問でした。
つまり安倍政権は、すでにこの時点で大きな間違いをしているんですね。
コロナ撲滅が最大課題ではなかったということです。
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経済を救うということを前提で考えれば、
コロナの終息が遅れ、大きな第二波が来てしまったことで、
さらに経済の終息は遅れ、その対策に多くの財源が必要となってしまったわけです。
緊急事態宣言の解除が早すぎる、と言う感想はこのブログでも書きましたが、
例の、専門家会議まで解体しました。
ここもよく考えれば、医療チームに経済チームを合流させたわけでしょ。
ともかく、何かというと経済最優先の姿勢が見え隠れするんですね。
大体、アメリカにしろ、ブラジルにしろ、コロナを甘く見ているリーダーが選択した対応策は、
経済優先ですから、コロナ撲滅に関しては効果を発揮していません。
日本はこのままずるずると終息のめどすらつかない状態が続くんでしょうね。
何しろ、世界各国の中で最低の5%と言う評価なんですから。
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話は変わりますが、私は20代のころに銃猟をしていました。
もう50年も前の話です。
そのころですら、すでに猟場(銃猟のできる地域)は狭くなっていましたし、
鳥の数の少なくなっていました。
ですから、半日野山を歩き回っても、一発も撃たないなんてことはよくあることだったんです。
そんな中で、ある時、目の前にカラスが飛んだんです。
カラスは狩猟鳥でしたから、撃ったんですね。
で、当たって、カラスは地面に落ちてきました。
私が鳥を確保しようと掴んだら、ばたばたと羽ばたいたのです。
半矢だったのです。
半矢とは、まだ生きている状態を言います。
弾は当たっているから、落ちてきたわけで、要は負傷はしたものの、

死にまではいたっていなかったということです。
同行した仲間が、首を絞めて落とせ、と言いました。
つまり窒息死させよ、と言うことです。

これは銃猟でのルールなんですね。
私は言われるままに首を締めたのです。
カラスは、目を白黒させながらあえいでいるんですね。
正直、そのさまを見ていられなくて、首を絞めたまま私は目を背けてしまったんです。
で、頃合いを見てもういいだろうと手を離すと、瞬時に息を吹き返して、肩で息をしているんですね。
で、また首を絞めたんですが、同様にそっぽを向いていました。
で、もういいだろうと手を離すと、また息をしている。
そこであきらめて、車に乗せて家に連れて帰ったんです。
庭先に手ごろな止まり木のようなものがあって、そこに足に鎖を付けて、止めておきました。
数日後、物は試しと肉を手渡すと、それを食べるんです。
一か月ほどそんな風に飼っていたのですが、結局死んでしまいました。
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ちょっと妙なたとえ話になりましたが、
半矢状態になったコロナに、息の根を止めようと手をかけたものの、詰めが甘く、
手を離したところで、息を吹き返してしまった、

これが緊急事態宣言の解除です。
まるでカラスのようにしぶといでしょ。
あの緊急事態制限解除の時に、私は、まだ半矢じゃないか、と思ったんです。
案の定でしたね。
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結局ここで、再度息の根を止めんとすべく、その対策を打つのでしょうが、
何やら法律が邪魔をして、決定打を打てそうもない、と。
バカな話でしょ。
何のための法律なんでしょうね。
自分達で作った法律に縛られて、この緊急事態を収めることができない。
せめて、何とか前進を図りたいと言うことで、その対策に協力金で何とかしようとしている。
いくら金をかけるつもりか、でしょ。
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そもそもがこの法律があるがために、結局、飴と鞭でいえば、

鞭が使えない。
飴をばらまくことで事を収拾しようとしているわけでしょ。

今必要なのは鞭かもしれないでしょ。
政権の最大の判断ミスとしては、この法律に縛られながら政策をとり続けたことです。
いの一番に、特例でも改正でも、最良手段を選べるようにしなかったことですね。
これは悔やまれるところです。
さすが国民はよく見ている、これら数々の失態をもって、5%と言う数字なんですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 06:22 | comments(0) | - | - | - |
一種のチキンレースでしょ

敵基地攻撃能力の保有、と言うんだそうです。
新たな安全保障の世界が始まりそうです。
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そもそもがイージス・アショアがきっかけで、この議論が発生したようです。
イージス・アショアがどうして日本の防衛手段の一つとして登場したのか、と言うことを冷静に振り返ってみれば、
もとは、あべちゃんが、トランプが大統領就任とともに、忠犬八公の如く、
ひざ元にすり寄ってしっぽを振ったところから始まっています。
この時に、アメリカの新たなセールスマンとして登場したトランプは、
ご機嫌を取ろうとしているあべちゃんに、アメリカで作った武器を買ってくれ、と言います。
あべちゃんは二つ返事で、キャンキャンと吠えます。
人間の言葉にすると、合点承知の助(いや古い言い回しですね)と言います。
つまり日本の防衛に関する政策論としてイージス・アショアを買うというのではなく、
ご機嫌取りの手段として買うことにしたわけですね。
あべちゃんは、もともと犬ですから、人間世界の細かいことは理解していません。
この武器を使いこなすにはどうしたらいいのか、
いやそれ以前に、何のための武器なのかすら、合点不承知だったんです。
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当時、庶民に伝えられた情報では、北からミサイルが飛んできたときに、
これを迎撃する、と言うことでした。
もちろん素人衆には、その細かい情報は理解できません。
初期的な兆候をどのように察知するのか、で、飛んできたとして、どのようなメカニズムで発射させるのか、
発射した後はどのようになるのか、命中率は?命中したとしてそれらの残骸はどこらに落ちるのか、
などなど機能的なことは分からない。
ましてや、それにかかわる費用など、想定できないでしょ。
ともかく、よくわからないことが、カーテンの向こうで庶民に見えないように進められていたわけです。
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で、秋田に設置を予定されたものの、どうも十分なデータがないまま、
きっと担当者もよくわからなかったんじゃないかと思うんですが、
計画を進めた。
ところが、これが穴だらけの計画書で、地元の反撃を食ってしまった。
ここらから、本当に必要なの?という思いが庶民の間に生まれてきたんですね。
挙句の果てに、米政府に支払う費用は4664億円、これは本体のみのお値段。
つまりピストルを買ったけど、弾はついていない。
別料金と言うわけ。
これに弾代たる迎撃ミサイルを加えると総額8千億円を超えてしまうのだそうです。
いや問題は、何発か手持ちの弾を撃っても、状況が改善されなくて、
追っかけ、二の矢三の矢が必要になったら、この弾代がかさむわけでしょ。
更に、迎撃ミサイル推進装置のブースターを安全に落下させるには、
さらに2200億円の改修費と12年の期間が必要になるとわかったんですね。
こんな複雑な事情を安部ちゃんは理解して、キャンキャンと吠えたわけではないんです。
くどいようですが、おべんちゃらのついでの話だったんです。
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問題の一つは、国内で安全に使用するために12年の歳月が必要だということです。
どういうタイムスケジュールか見当も尽きませんが、要は12年間いろいろ準備して、
やっと使えるようになる、と言うことでしょ。
12年間では、相当に状況が変わるでしょ。
北の攻撃能力が向上すれば、弓と矢をしっかりと仕込んだところで、鉄砲が登場した、
あの戦国時代のようなものです。
宮本武蔵が、戦に参戦した時、鉄砲を見て、鍛錬に鍛錬を重ねて剣技を磨いても、
鉄砲を持たれたら女子供相手に負けてしまう、と嘆いたとか。
これはほぼ小説の世界の話のようですが、とはいえ、武器は日進月歩。
進化をしてゆきますので、12年後に使えるようになったとしても、
もう、まさに時代遅れになっているわけです。
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矛盾と言う言葉があります。
矛(ほこ)と盾(たて)の話です。
ある人が、これは最強の矛である、と自慢します。
どんな盾でも突き破る、と。
で、あわせて盾を取り出し、この盾は最強の盾です。
どんな矛で突こうと破れることはありません、と。
まあ武器の売り込みです。
すると、説明を聞いていたものが、じゃあ、その盾と矛で戦ったらどうなるのか、と。
ま、これが矛盾のいわれです。
現実的には、矛と盾の強化が武器開発の基本です。
戦車の厚い装甲を打ち抜く、対戦車ミサイルを開発すれば、
そのミサイルを通さない装甲を開発します。
ですから、12年もすれば、時に使い物にならなくなる武器、と言うのは出てくるはずです。
なんだかんだと一兆円ほどかけて用意した武器が、クソの役にも立たないとしたら、
その武器を選択したことが間違いなわけでしょ。
それをさりげなく撤回し、あべちゃんの判断ミスをかぶって、
関係者に謝罪行脚をした河野防衛大臣はよい判断をしたと思います。
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で、代わりに登場したのが、敵基地攻撃能力の保有と言うことです。
まあ先制攻撃はご法度だとしても、敵地攻撃をするということは、自衛の範疇に入るのでしょうか。
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かつてアメリカがイラクが大量破壊兵器を開発しているという情報の下、
くさい匂いは元から絶たなきゃだめ、とばかり先制攻撃を仕掛けます。
結局大量破壊兵器は発見されず、幽霊の正体見たり枯れ尾花となってしまいました。
で、このイラク戦争で米英軍は、イラク軍が保有していた約80台のミサイル発射機のうち、
46台を空爆と地上戦で破壊しましたが、イラク軍は米英軍に対して18発の弾道ミサイルと4発の巡航ミサイルを発射しているのです。
つまり、世界最強の米軍でさえ、すべての発射機を破壊することはできず、反撃を受けているんですね。
敵基地攻撃と言っても、現在、北には、移動式も含めて、200のミサイル発射基地があるそうで、
これらを一瞬にして全滅させない限り、反撃を食らうんですね。
こうなると、仕掛け損にならないか、と。

そうすると、抑止力という側面の効能を説く人が必ずいます。

抑止力と言うのは、100%想定に過ぎないんですね。

臆病者が考えることです。

相手がビビるのを予測するんです。

これが抑止力。

なけりゃどうなる、と言う議論とともに、

あってどうなるという議論も必要でしょ。
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ここで今日のことわざの〆は、君子危うくに近寄らず、です。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:36 | comments(0) | - | - | - |
分水嶺図の作成を急げ

五月雨を集めてはやし最上川  芭蕉

なんて句を鑑賞している場合じゃないですね。
今朝のニュースは最上川が豪雨を集めて、泥流が轟轟と流れているさまを映していました。
鉄橋のわずか10数センチ下。
何とか治まりますように、と祈るばかりです。
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昨年、仲間と一泊の小旅行で山形を楽しんできました。
主に、村山を中心に、山寺を巡り、さくらんぼうと将棋の駒の天童の温泉、

それと地元の十四代のお酒を味わってきました。

この時、村山市にある、最上川美術館・真下慶治記念館に行きました。
地方のこじんまりとした、しかも基本的には館名のとおり真下慶治さんの
作品中心の美術館です。
この、真下さんは、この美術館になっている場所にアトリエを構えて、
ただひたすら最上川を描き続けたのです。
美術館の川岸寄りのところに広めのバルコニーが張り出して、
そこから最上川の流れを見ることができます。


私たちがよく見る川辺と言うのは、大体がコンクリートの土手で護岸されていて、
普段は砂利が露出している河原があって、その中央辺りを川が流れている、と言う感じでしょ。
ところがここでは、川辺はいきなり川岸で、流れぎりぎりにさまざまな植物が生い茂っているんです。
その流域の経験的なものもあるのでしょうが、総じて私が見た最上川の風景は、
遠くに山の峰、手前にちょっとした林、わずかながらの草地、そしていきなり川なんです。
まあこれがある意味、とても絵画的で、もしあそこがコンクリートの土手で、
河原の砂利と流れる川だったら、
真下さんは風景画の題材にはしなかったでしょうね。
ま、それほどゆったりとした情緒あふれる風景だったのです。
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しかし、このような非常事態となると、却ってそれが凶とでるかもしれないでしょ。
とても心配ですね。
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やはり温暖化が原因と言われていますが、
日本各地で何かと洪水が発生しています。
おそらく、温暖化が急に収まるわけもないので、
日本各地で洪水対策が積極的に行われるべきだと思うのです。
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川と言うのは、そもそも、山野に降った雨水が集まって流れを作っている状態のことでしょ。
で、あるところに降った雨水が、どこに流れるのか、というのは決まっています。
昔、地理かなんかで勉強しましたが、分水嶺と言うのがあるでしょ。
例えば、連なった峰が南北にあったとすると、
その峰のラインより東に降った雨は東斜面を流れ、いずれどこかの川に流れ込む。
西は西で同様です。
つまり、どんなことがあっても分水嶺を越えて反対側に水は流れない。
そこで、日本全国の分水嶺を地図に落とし、マークして、

一体どこに流れ込むのか、と言うデータを作ればいいのです。
よく、洪水が出ると、その流域の川のラインが絵として表現されますが、
あわせて、その川の分水嶺を地図化すべきじゃないか、と。

単に川の流れだけでなく、分水嶺に囲まれた地域全体を単位としてとらえるということです。
金目川は秦野のヤビツ峠の先あたりから始まって、唐沢、葛葉、水無、室川などが合流し、
平塚に入ってきます。
市内に入ると土屋の座禅川、河内川、高根川などが流れ込み、
東側からは、鈴川、渋田川、歌川などが合流してきます。
それぞれ、地形に沿って、何らかの分水嶺があって、川を構成し、
川は地形に沿って合流をし、最後は一本の流れになって海にそそぐわけです。
で、できれば支流ごとの分水嶺による面積を計測し、
歌川エリアで何ミリ降ったとか、座禅川エリアでは何ミリ降ったとか、細かに出せれば、
小河川ごとの面積とそのあたりの降雨量によって、川に流れ込む水の量が算出できるでしょ。
で、水量はどんどんと足し算されて、金目川全体としてどのぐらいの水量になるのか、計算できるでしょ。
要は、ち密なシミュレートをしておけば、何時間後にどこらが危険か、なんて予測できるはずです。
洪水ハザードマップもさることながら、分水嶺別の面積図があれば、
かなり精度は上げられるはずです。
それと傾斜でしょうか、これもデータの要素に組み込む。
大体どこにどのぐらい降ったら、時間の経緯と共に水流の位置も確定できるはずなので、
これをしっかりとコンピューターで、予測をさせればいいのではないでしょうか。
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以前、このブログでも書きましたが、政治とはその重要な仕事の一つに治水があるのです。
政治の治は、治水の治なんです。
今後増えるであろう大雨の対策として、住民の安全を確保すえるという意味で、
もっと緻密な警報を出すべきで、実は、さほど難しいことではないと思うんですね。
ともかく、政策として、分水嶺別ハザードマップを早急に作成する必要があります。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:26 | comments(0) | - | - | - |
志願兵と徴兵制

日本に徴兵制を敷くとしたら、きっとひっくり返るような騒動になるでしょうね。
反対の論調のテレビ番組は放送されるでしょうし、
ありとあらゆる新聞も、その社説で、平和国家としての存在を危ぶむとかで、
大論陣を張ると思うのです。
もちろん、一般市民も、とくにお母さまたちが、息子を軍隊に獲られるのは嫌だ、
とか言うでしょうし、我々老人も、太平洋戦争の悲惨さを訴えると思うのです。
ま、ただの想定ではありますが、相当の混乱が起きる。
だからと言うわけではありませんが、徴兵制は非現実的です。
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かといって、自衛と言う条件の下でも軍隊は必要だろうというのは、
ほぼ共通した認識になっています。
で、これはまさに志願兵と言うことでしょ。
太平洋戦争時のように、赤紙1枚で軍隊に召喚するということもできない。
しかし、徴兵制を実施している国って案外多いんですね。
世界では64の国が実施していて、主なところでは、
オーストリア、スイス、デンマーク、フィンランド、

ノルウェー、ロシア、韓国、北朝鮮、イスラエル、トルコ、イラン、

カンボジア、ベトナム、タイ、ラオス、
エジプト、中央アフリカ、ギニア、マリ、赤道ギニア
キューバ、ブラジル、コロンビア、ベネズエラ、パラグアイ、エクアドル、メキシコなど。
これでもかなり省略しましたが、まあかなりの数で徴兵制が敷かれているわけです。
.
時に徴兵制は、本人の意思と関係なく兵隊にされるわけですから、

自治会の持ち回り役員みたいなもので、できればやりたくない、
しかし、組織(国)全体を守るために不可欠であるという前提で、

あえて、義務付けているわけです。
要するに、義務付けないと、必要戦力が確保できないからでしょうね。
もっとも隠れた理由として、失業対策があるかもしれない。
国によっては、ここで、食い扶持を確保させると言うことも

政策的な理由になっているところもあるでしょうね。
.
ま、ともかくその意味では、日本には兵役がない。
極端な話、志願兵で何とか戦力を形成できている、と言うことです。
とはいえ、全国的に募集事務所が設置されていて、
絶えず、人員補給のための活動は行われています。

この平塚にも、出張の募集事務所があります。

.
今のところきな臭い場所での任務はないわけですから、
志願兵で十分なんでしょうね。
ある意味、志願兵による組織化は、無理やり首に縄を付けて集めた人たちより
意識が高いであろうと想定すれば、優秀な人材がそろっている、と考えるべきです。
まあ、今のところ目に見える活動と言えば、災害時の応援部隊ですが、
やはり自衛隊が入ってくると、なんとなく一安心でしょ。
火事場に消防車がやってくるようなもので、
存在自体に安心感が生まれてきます。
.
今回のコロナでも、とくに723人の感染者を出し、クラスターのもとになった
クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の横浜接岸時に、
自衛隊がサポートしましたが、自衛隊からは、一切感染者が出なかったそうです。
この面をあまり評価されていませんが、なかなかのものだと思うんです。
.
さる知人が、コロナ対策としてある消毒薬を分けてくれたんですね。
で、これは、自衛隊が使っていた消毒薬だ、と。

多分、本当だとは思うのですが、これと言った根拠を問いただすことはできませんでした。

だって、善意でそういっているんですから、本当か、なんて言えないでしょ。
私は、コロナに対する盤石の態勢をしてきている自衛隊について評価していましたので、
その自衛隊が使っていた消毒薬なら使ってみたい、と譲り受けました。
.
昨日、テレビのニュースで、自衛隊の放出品のオークションを放送していましたが、
マニアはマニアでいるんですね。
様々な物品が、とんでもない価格で落札されてゆきます。
30点ほどで、580万円とかの売り上げだったとか。
最後の一品を河野防衛大臣によるオークションの仕切としましたが、
この時、河野太郎大臣が付けていたマスクを見て、
ちょっとばかりうれしくなったんです。
そこには大きな文字で、大磯・照ケ崎と書かれていました。
ま、一応選挙区のPRなんでしょうが、ちょっとばかりうれしくなった理由とは、
つい先日までで、SCNテレビの8月のクラブ番組の制作をしていて、
テーマが大磯。
しばしば、照ケ崎の撮影に出向いていたのです。
特にアオバトの撮影に行ったのですが、
そんななじみもあって、照ヶ崎の文字に敏感に反応してしまったんですね。

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話は変わりますが、8月1日から始まるクラブ番組、8:30分、17:30分の
1日2回、31日まで1か月間放映されます。
ぜとも、市民クラブTVの枠をご覧ください。
よろしくお願いします。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:32 | comments(0) | - | - | - |
国と都と都民

アメリカの映画やドラマでありそうなシチュエーションです。
場所はアフガンあたり。
タリバンと米軍の衝突。

仲間の兵士が敵に捕らえられてしまった。

その拘束場所も相手の兵力もある程度の情報はつかめた。

そこで、さっそく捕虜になった兵士の奪還、救出に向かうために、
小隊を編成し、作戦を遂行することになった。

そのリーダーはシルバースターをはじめ数多くの戦功章を受けているベテランの大尉。
精鋭8名のチームを作ってさっそく現地に向かう。
まあ、ストーリーの詳細はともかく、なんとなくこんな場面て映画でよく見るでしょ。
で、大体チームの中にはそれぞれ個性ガチガチの兵隊が混じっていて、
口先だけの臆病者や、こんな場面でそんなジョークを言うのか、みたいな、やたら喋り捲るものや、
寡黙に命令を実行するやたら二の腕の太い男(ただし入れ墨入り)や、

細身ながらともかくメカに強いものや、色々いますよね。
で、どういうわけか蛮勇ともいえるものの、せっかちな性格が先行していて、
何かと飛び出してしまう奴っているでしょ。

ここは発砲するな、と言われていたのに、銃の引き金を引いてしまう。
こいつがお先走って動いたために、チームが危機に陥る。
あんなに、大尉に注意されていたにもかかわらずです。
さて、この先は、と言うことなんですが、
この長めの説明を理解してください。
.
このお先走りのあわてもの、我慢ができないやつら。
自己コントロール力が欠ける連中て、周囲に多くいるでしょ。
やめろ、と言うのにやめられない。
やめられない理由をくどくど主張するやつ。
こういう自己制御ができない連中って、しっかり、控えて状況を考察している連中に
時に危機に巻き込んでしまうんですね。
まあ、彼らにしてみればいい迷惑です。
.
この4連休で、行かなきゃ損みたいな感じでうろうろとしてきた連中がいるでしょ。
きっと連休明けて、数日後に、感染者数は一挙に膨れ上がるはずです。

それの地方でです。
だって、私たちが経験的に理解できているコロナ対策で、
もっとも有用だったんじゃないか、と言うのが、
例の8割おじさんの警告でしょ。
3密とか言ってますが、基本的には、感染力が弱まる、人と人の接し方と言うのが、
ようやく理解されているのに、
経済がどうの、観光業がどうのと、妙な忖度をしている一方で、
検査数が増えたから感染者数の半径数が増えた、
などとたわけてことを言ってるでしょ。
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時にマスコミもあまり意味のないデータを図表にして、
さもありなんとばかり、専門家のコメントをつけて、不要な情報のバラまきはやめるべきでしょ。
だって肝心なことは、何人感染したかではないと思うんですよね。
それによって感染状況を知ることはできますが、この際のなすべきことは、
感染させないということと、感染した人いかに治療するか、の二点に集中すべきでしょ。
感染者数の報告は、実は、すでにあまり意味のない数字だと思うんです。
だって、かかってしまったわけでしょ。
要はいかに治療するか、の人数が分かったに過ぎないしょ。
.
先日のブログでもふれたように、感染のメカニズムがいくらか分かってきたわけです。
この分かったことの一番のポイントは、
コロナに入り込まれた日を0日目とすると、

2日目辺りが、他に感染させる可能性が最も高いのだそうです。
で、3日目を過ぎたあたりから、自覚症状が出始めるので、
自分は何ともない、と思っていている時が最も感染させてしまう可能性があるということです。
ですから、治療の問題はともかく、感染させない、と言うためには、ともかく3密が最良の方法だ、
と言うことは、ワクチンがない今では、唯一無二の手段なわけです。
にも関わらずですよ、GOTOなんとかみたいなことを政府は容認する。
もう知見も何もあったものじゃないですね。
.
それに乗じて、お先走りの行動をとる。
やたらと出かけたがる。
いや子供がもううちにいるのが嫌だと言い始めてとか、
そろそろ気分転換とか、なんて馬鹿なこと言ってる。
例の太平洋戦争と比較すれば、
何日も何日も灯火管制の下で生活していた人々は、
そろそろ飽きたから遊びに行きたい、なんて言い出さなかったです。
お先走りの連中が、感染して、コロナウイルスバラマキのお先棒を担ぐとしたら、
ちょっと待ってくれと言いたいでしょ。
そもそも遊泳自粛と言ってる湘南海岸に、なんで大挙してやってくるんだ、と。
.
今日の朝のワイドで、こんな現象に対して、若い二人連れの女性が、
だって東京にだって、リラックスできる場所はたくさんあるでしょ、と言ってました。
そうなんです。

東京は世界有数の、生活文化集約の都市なんです。
日本のコロナ騒動の中心地たる東京が治まれば、日本のコロナ騒動は収束するはずです。
国と、都と、都民の自覚が肝心なところですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:46 | comments(0) | - | - | - |
民主主義は政治の多元性が基本

民主主義をより健全に育ててゆきたい、
と願う人は多いと思うんです。
もちろん、政治の世界は別世界と思っている人も多いのでしょうが、
共産主義国や、今やほとんど絶滅危惧種となった君主国などの人民の不自由そうな生活を見ていると、
やっぱ、人権尊重を主として、政治体制は民主主義だろ、と思うでしょ。
まあ北朝鮮は論外ですけど、それでもぎりぎり中国なんかでも
やはり、言論の自由と言うか、政権の眼鏡にかなわない人間は、
排除されてしまっていますね。
ネット上でも、政権に不都合な情報は消されてしまう。
香港の、正に同情すべき最近の状況を見ていると、
日本はましじゃない、と思えてきますね。
.
さて、国際的な国々の民主主義度と言ったものを

イギリスのさる機関が毎年評価してランク付けしているデータがあります。
5つの視点でそれぞれ数値化しているのですが、
〜挙過程と多元性 ∪府機能 政治参加 だ治文化 タ邑⇒文
の5項目です。
それぞれそれなりの視点の詳細があるのですが、
まあ、読んで見た通りの内容だと考えてください。
そしてこれらはすべて10点満点、で、合計を5で割って総合得点になります。
1位、金メダルはノルウェー 9.87 ほぼ満点に近いでしょ。
着地でちょっとふらついた程度、と言うところでしょうか。
続いて銀メダルは、アイスランド、得点は9.58、大健闘です。
銅メダルに輝いたのは、スウェーデン、9.39.
キャプテンの着地ミスが響きました。
と、この類のランキングでは大体北欧勢が上位になるんですね。
そこにニュージーランドあたりが顔を出してきています。
で、わが国ですが、順位でいうと24位。
まあ、予選通過がかなわなかった、と言う順位でしょうか。
ちなみに韓国は23位で、一つ上、とはいえ隣同士席を並べています。
あのアメリカですが、日本の一つ下で25位。
日韓米が並んでいるんですね。
どっちが上だかなんて、この順位ならどんぐりの背比べでしょ。

.
さて日本の評価ですが、〜挙過程と多元性が8.75 ∪府機能が8.21
政治参加が6.67 だ治文化が7.50 タ邑⇒文遒8.82と言うことです。
政治参加が足を引っ張っています。

5科目評価で、数学がからきしダメなため、全体順位を落としているようなものですね。
国語も英語も社会も理科もまあまあだったんですが、と言う感じでしょうか。
いやいやよその国なのに皆さんよく見ている。
の政治参加は、要はみんなあまり関心がなく、
簡単に言えば、投票率に現れているんですね。
ちょっとばかり他人ごとになっている、とみられたんですね。
政治参加が6.67と言うのは、ウルグアイ、チリあたりと同等の評価です。
あと、\治過程と多元性と言うのが、8.75とはいえ相対的には、得点が低く全体の足を引っ張っています。
全体の60位辺りでも9点台ですから、日本の8.75は異常なほど低い評価なんですね。
.
要は、民主主義と言うのは、
国民が作り上げてゆくものなんですね。
民に主権があるとされているのが民主主義です。
主権とは、自分たちの意思を政策に反映できる権利のことです。
その権利の行使の最大のチャンスが選挙にもかかわらず、
あまり投票に行かない。
むしろ、積極的に選択をしている人よりも、なにも意思を表明しない人の数がずっと多いんでしょ。
ですから、基本的に民主主義が機能しずらいんですね。
これはその原因となる要因がいくつかあるんです。
.
一つは政治不信です。

もう、残念ながら政治に信頼をよせている、って人は見たことが無い。
これも妙な話なんですが、そもそも民度が高いんでしょうか。
政治に不信感を持っていても、まあそれなりの結果は出るだろう、と言う
ある種の信頼感があるんですね。
妙でしょ。
不信感が基本にあって政治に関する興味を失っていながら、
まあ、だれがなろうと、何とかなる、と言う気質を持っているんですね。
それと、多元性という言葉が気になるんですが、
これは選択肢があまりない、と言うことに通じます。
.
現政権の政策に不満があろうと、ではそれ以外にどこを選択するのか、となると、
これといった選択肢が見当たらない。
これは、いつの間にか、日本の政治は、保守がちがちの選択をさせられてきた結果なんですね。
ま、いいか、なんです。
.
野党が党名でもめているそうです。
この機を逃すと野党の連合はしばらく実現しないでしょうね。
それは、国民からすると、選択肢が少なくなった、と言うことなんです。
だって、衆議院の場合、得票1位が当選でしょ。
2位3位4位5位と選択肢が多かろうと、票が死ぬじゃないですか。
これは選択肢がないのと同じでしょ。
つまらぬこだわりを捨て、真の大同団結を野党は目指すべきでしょ。
党名とか代表とかの党人事などの前に、
日本の民主主義はいかにあるべきか、と言う一つの理念を模索してもらいたいですね。
ま、その意味でも、合同に向けてもたもたしているさまを見ていると、
いささか情けなくなりますね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:15 | comments(0) | - | - | - |
経験の評価

当事者でなければ分からない感情があることは重々承知です。
でも、百歩譲っても、もう少し考慮する余地はないのか、とはたでは思えてしまうことがあるでしょ。
.
2011年3月11日の東日本大震災で壊滅的なダメージを受けた岩手、宮城、福島の沿岸部の市町村で、
いったん落ち着いたところで、あと片付けが始まりました。
で、ものによってなのですが、なかなか手が付けられないところが出てきて、
結局それらの処分は後回しになったのです。
そうこうするうち、いくつかの建物は骨格だけのような状態になっているので、
改めて、震災遺構として、このまま残したらどうか、という議論が出てきました。
私は、部外者ですし、当時者ほど強い感性でこの問題を受け止められなかったものですから、
結構無責任に、残せばいいじゃないか、と思っていたんです。
その姿を見る中から、様々な感興がわいてくるでしょうし、
悲惨な出来事を思い出したくない、と言う感情も分かりますが、
それを超えて次世代に何を教訓として残すのか、と言うことが大事だと思うんです。
なにも、マイナスの感情でけでなく、それ以外のものへの価値もあるはずだ、と。
.
原爆ドームがその意味での戦災遺構です。
14万人が犠牲となったその悲しみはたとえようもないものだったと思いますが、
逆に、それでも残ったドームの骨格は、この悲しみを忘れない、と言う
平和への誓いにつながっていると思うんですね。
不愉快な思い出を呼び起こすということで、取り壊すことはできたと思うんですが、
そうはしなかった。
人類最初の核の犠牲の地として、人類に対する警告の場になっているわけでしょ。
物は捕えようですが、毛嫌らう理由はないと思うんですね。
どうとらえ、どう活用するかじゃないですか。
.
三陸にはしばしば津波が襲ってきたので、
その教訓を次の世代に伝えようとした形跡はいろいろと残っていたのです。
詳しい地名は忘れましたが、東日本大震災の際に津波に襲われ、
多くの被害を出したある集落の話です。
一段落して、ぽつぽつと後片付けするために、
集落の人がいくつかのグループに分かれて、残骸の片づけをしていた時のことです。
大きな身の丈ほどの石板が津波に押されて倒れていて、これを力を合わせて立ち上げたんだそうです。
で、その石板の表を見て、なんとこんなことが彫りこんであった、と改めて感じ入ったということなんです.
それには、「この先(この石板より海側と言う意味)家を建ててはいけない」と。
つまりご先祖が、津波の経験から、子孫に、これより海側に家を建てたら、
津波の被害にあうから建てるな、と警告したわけですね。
で、問題は、こんな石碑が建っていた、と、誰もが気にかけていなかったし、
知らなかった、というのです。
確かにそのころ(いつかは分かりませんが)せめて、石に刻むことが遺構の一つだったんでしょうね。
しかし、その町の人々は、いつか見慣れてしまって、その存在すら感じていなかったわけです。
ちなみに、その石板の海側には、ご先祖の警告を無視し、
建てられた家が多くあって、津波の被害にあったそうです。
.
なんか、記念碑的なもの、時に人物の銅像であったり、
石柱であったり、構造物を建てますが、それぞれに経緯があって、
それにまつわる思いが、作り出したのだと思うのです。
.
アメリカで、妙な動きが広がっています。
イリノイ州シカゴとコロンブスの、
またバージニア州リッチモンドで、南北戦争時の南軍司令官像を撤去する動きがあったそうです。
例の、白人警官による黒人暴行死事件に端を発した人種差別抗議デモで、
植民地主義や奴隷制度容認の象徴だとして撤去を求める声が強まっていたとか。

.
正直、これはやりすぎでしょ。
今となってはマイナスの歴史的評価になっていたとしても、
マイナスをプラスに転化できるのは人間に知恵ですから。
コロンブスのおかげで、今私たちはこの大地で暮らしているのではないか、
と考えて不思議ではないでしょ。
南北戦争については、国民同士が血で血を洗う闘争をしたわけで、
正にこれは負の遺産ですが、
それを真正面から見ることによって、
国民を分断するようなことは断固避けなければけない、
と考えればいいことで、
目障りだからと言って、過去の栄光を葬り去るのは、
人間としての節度にかけているとしか言いようがない。
アメリカ人の民度もこの程度か、と、鼎の軽重を問わかねないでしょう。
最近年を取ったからなのか、過去の出来事をよく思い出します。
そして、それらの日々の延長に今日があるんだ、と実感するんですね。
これは民族にとっても同じことで、
310万人の戦争犠牲者の上に、今日があるんだ、と捉えれば、
過去の出来事をただの負の遺産としてみるということは無くなると思うんですね。
肯定すべき経験の一つだった、と。

つまり、負の経験を意味あるものにする捉え方、と言うことです。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:36 | comments(1) | - | - | - |
改めて、マスクの効用

yahooにも掲載されていたので、お読みになった方も多いかと思いますが、
「なぜ症状がない人もマスクをつけるべきか」
というタイトルの記事です。
.
これはかなり実証的なデータが背景にあって、
いわゆるエビデンスが背景にあるレポートなんですね。
逆に言えば、マスクの効能を医学的、科学的見地で実証してみたら、
こんなことがわかりました、というレポートです。
.
ま、正直こういう情報を私は待っていました。
全世界的規模で、ここまで社会生活に大きな影響を与えてくるとなると、
まさに人類対コロナ戦争のようなもので、
人間の英知を集結させて対応すべき問題でしょ。
世界中の医学関係者がこぞって、どうしたらいいのか、

と言うことのために様々な研究を進めていると思うのですが、
極めて断片的なレポーとがあるだけで、
素人としては、いったいなにやってんだ、みたいな気持ちもいくらか持っていたんですね。
医療と言っても患者を目の前にした治療と言う分野ではなく、
いわゆる研究部門的なところのことです。
.
で、ずっと疑問だった、どの段階で感染するのか、と言うことです。
体の中には、少量ながらコロナが入ってきた。
きっとこの段階では、陽性かどうかの判定は微妙だと思うのです。
ところが、しっかり入り込まれて増殖を始める。
PCR検査でも陽性とでる。
でも症状として現れるわけではない、と言う無症状の人がいるんでしょ。
とこの人は、保菌者(という表現でもいいのかな)ですけど、自覚症状がないから
うろうろするでしょ。
で、自覚がないだけに、感染拡大防止に関して意識は薄いですよね。
で、この状態で、感染源になりうるのか、と言うことが分からなかったんですね。
.
そこで今回のレポートを分析してみます。
まず、感染者が発症した日(自覚的な症状)を「0」日とします。
で、発症3日ほど前にコロナに入りこまれた、と言うことは分かっています。
つまり、コロナ侵入後3日ぐらいに発症するということです。
で、体に入ってきたコロナが活動を活性化して、

増殖したコロナウィルスをまき散らすのは、発症前1日目が感染能力が最大限になるときだそうです。
つまり、自覚症状が出た時は、ある意味感染能力は下り坂に入っている、と言うことです。
これは日時とともに下り坂に入り、発症後1週間ぐらいで、かなり、弱体化します。
もっともゼロではないのですが。
.
そこで問題なんですが、感染してしまった人のデータから、
45%の人が無症状者からの感染でした。
そして、感染したものの自覚症状に至らない弱感染者(こんな言葉はありません)、

いわば感染キャリアーみたいな人ですね、こういう人からの感染が5%。
つまり、症状の自覚のない人、いわば普通の状態の人から、50%の人が感染しているんです。
よく感染経路の調査を躍起になってしていますが、

そもそも、自覚症状のない人からうつるという確率が50%なんですから、
よほどのことがない限り、経路は不明になるでしょ。
無症状だとすると、特定のしようがないでしょ。
したがって、冷静に考察すれば、家族間、同一職場、など、

感染源として要素を持っているということですね。
これは厄介なことでしょ。
つまりです、誰からでもうつされる危険性がある、と言うことですね。
.
このレポートではマスクの有効性について触れています。
結論を言えば、マスクをつけるべき、とその有効性がエビデンスとして実証されました。
コロナは、他の感染症と違って、発症する前の無症状のときから人にうつしていることが明らかになわけですから、
逆に言えば、いつでもしっかりディフェンスを固めなくてはいけないと言うことです。
これは、うつされるというよりうつさないということも含めてです。
すでに、会話やくしゃみ、咳などで出る飛沫に関しては、

いろいろな映像が出てきているので見たことがあると思いますが、
マスクの着用によって、飛散のかなりの部分が防止できます。
今回のレポートでは、通常の会話もくしゃみ、咳なども、その飛散に関する料としては大差ない、

と言うデータとなりました。
つまり、風邪に近い様々な症状だけでなく、普段からのコントロールが必要と言うことです。
.
もうひとつ面白い実験結果が記載されていました。
実験の対象はハムスターです。
このハムスターにマスクをつけさせ、一緒に生活をさせ、どのような確率で感染するかを調べたのです。
で、その結果なんですが、

感染しているハムスターを感染者とします。
感染していないハムスターを非感染者とします。
感染者・マスクなし:非感染者・マスクなしの場合、感染率67%。
感染者・マスクなし:非感染者・マスクありの場合、感染率33%。
感染者・マスクあり:非感染者・マスクなしの場合、感染率17%。
つまり、人間ではありませんが、マスクの有効性としては、
感染させないためにマスクは有効である、と言う実証結果になったわです。
私もそうでしたが、マスクなんかで防げるの、と思っていましたが、
かなり有効であることが分かったわけです。
その他、マスクの有効性に関しては、多くの事例が寄せられており、
どこぞの大統領がマスクはつけない、などと駄々こねたそうですが、
世間の常識が通用しないんでしょうね。
もっともマスクと言っても、付けてればなんでもいいと言うわけでもなく、
やはりしっかりとしたものが必要でしょ。
私の感じですが、ウレタンのちょっとばかり格好いいものがありますが、あれは効果少ないでしょうね。
残念ですが、マスクの効用の高いものほど、息苦しくなるものです。
専門家も、その辺のさじ加減としては、熱中症等にならないようにと警告しています。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:40 | comments(0) | - | - | - |
第2波襲来、しかも大きいぞ

どうも間違いなくコロナ第二波がやってきているようです。

まるで津波みたいですね。

しかも、第一波より大きくなりそうだと。

危ないですから海辺にいる人は避難してください、
と叫んでも、みんな波打ち際で楽しそうにしている、と言うのが現況。

.
こんな状況だというのに、国の対応が八方美人的対応なもので、きちんと腰が据わっていない。
こういう時は、状況を単純に考え、そこへの対応策に集中するということが大事なんです。
ともかく現状は、感染者数がグラフで表され、東京で何人、大阪でも何人という風な情報に振り回されていて、
対応策の選択をあいまいにしています。
.
冷静に考えてみましょう。
感染者数が拡大しているのは、PCR検査体制が整ってきていて、
より多くの人が、チェックできるようになったため、その数が増えてきているのだ、と。
何か分かりませんが、検査数の増加が数字をゆがめている、がごとき発言がしばしばあります。
妙なことでしょ。

じゃあ何のための検査なんだ、となりませんか。
知りたくない事実を知らされているがごときでしょ。
つまりですね、感染者数は、当然減らすべきなんですが、監査体制が変わってきたのですから、
単純に、感染者数のみを独立して公表することが間違いなんですね。
せめて、検査母体の数をベースに、その中での陽性率みたいなものを併記すべきでしょ。
数字とか、パーセンテージなどは、その母数が影響するわけですから、
このいびつなデータは修正して使うべきです。
なぜ、いつまでも単純に感染者数のみが独り歩きしているのか、私は理解きません。
.
いま、社会全体でなすべきことは、何人感染者が出たかを知ることではなく、
感染をさせないための行動です。
だって、感染者の数は、知ったところで、感染してしまった事実は取り消しようがないわけでしょ。
ですから、必要なのは、感染させないための行動なんです。
なんだかんだと、西浦教授の8割説は正解だったじゃないですか。
おかげで、一挙に沈静化に向かった。
8割が緩んだとたん第2波ですから。
そして徐々に検査体制が整いつつあるわけですが、
まだまだ問題ありでしょ。
.
このPCR検査と言うのは、感染してしまった人の検査ではなく、
感染させないためのチェックである、と考えられないでしょうか。
私の知人が、陽性になりました。
で、たまたま、密接状態にいた何人かの人がホテルに自主的に緊急避難し、
当然検査を受けたわけです。
で、誰も陽性にならなかったので、本人を除いては無罪放免となったわけです。
つまり、この周囲にいた人はうつさない人であることは判明したと言うことでしょ。
陽性であるということは、うつす可能性があるということと考えれば、
うつす人、うつさない人の判断ぐらいできるようにすべきでしょ。
したがって、PCR検査とは、うつってしまった人をあぶりだすのではなく、
うつさない人をはっきりさせる検査だ、とも考えられます。
したがって、社会生活をする上で、まちがいなく陰性である、という確認は重要なことだと思うんですね。
その意味で、もっと多くの人が、もっと頻度をもって検査を受けられるようにすべきでしょ。
GOTOとかいって、旅行代を国が何割か負担するなんてことに金を使う前に、
やはり検査体制の拡充が第一義だと思うんです。
国はそこに力をいれるべきです。
ちなみに、もうマスクの配給はいりません。
.
第二波という状態を招いたのは、感染拡大防止と経済回復と言う二股をかけたからです。
確かにどちらかというわけにはいかないでしょうね。
でもその比率でしょ。
要はスタンスの問題です。
右足と左足のどちらを軸足にするかです。
バスケットボールでは、ボールを保持した瞬間から二歩以上動けず、
3歩目は反則になります。
私が現役のころは、キャリングと言ってました。
したがって、最初に着いた足を軸足とするんですね。
これは絶対に動かしてはいけない。
その意味で、軸足は感染拡大防止でしょ。
それが、国はなぜか、どういう力が働いているのか、
もう一方の経済回復の足に比重をかけたがる。
GOTOがいい例です。
この左右のスタンスの取り方がずれればずれるほど、感染状態の回復は遠のくわけです。
正直、このまま行くと恐ろしいのは、ぐずぐずとこのような状態が続き、
あぶはち取らずになって、
マスクと手指消毒と、間隔のある席の座り方が定着しそうなことです。
経済の回復は、要は、コロナ騒動が一件落着してからでいいはずです。
もちろん傷は深くなるでしょうが、一方でマスクをしつつ、
お店に入り口で消毒薬で手の消毒をしつつ、距離を取って座るなど、
なんとも半端な状態を続けろ、というのでしょうか。
私は、大平洋戦争の戦後のことを持ち出すわけではありませんが、
日本人の回復力、復元作用のしたたかさを信じるべきだ、と。
それに比べればコロナで受ける経済的なダメージは大したことない、と言うことです。
.
GOTOが何の発想で思いついたのか、その要因は知りませんが、
この4連休でさらに拡大することは確実でしょ。
一日1000人の感染者、という恐ろしい数字がより現実的になりそうです。
まして、キャンセル料のカバーを国庫でするとか。
ちょっと待て、あんたたちが好き勝手に弄り回してるその金は、
どこが出どころなんだ、と言いたくありませんか。

 

| 水嶋かずあき | - | 08:39 | comments(0) | - | - | - |
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