水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
健康記念日

今から7年前の6月6日、
おそらく私にとって、死ぬまで忘れないであろう心に留め置く日となりました。

病気からUターンし、健康の日々を迎えることができるようになった記念日なんです。

 

それは、重症筋無力症が発生して、その治療の中で大きな山である胸腺摘出手術をした日です。

そもそもは、2012年の3月ごろから体調が妙に崩れ始めたのです。
最初の症状は複視と言って、物が二重に見えるようになったんですね。
ともかく、画像が一つにならないんです。
で、眼科医に行って診てもらったんですが、
あれこれ調べて結論はドライアイじゃないか、と。
そうこうするうち、妙に筋肉に力が入らなくなってきたんです。
特徴として現れたのは、首の筋肉でした。
普段と言うか、普通は肩の上に首がありますが、
首に力を入れているなんて意識はないでしょ。
体を起こせば普通に首は垂直に肩についています。
しかしこれも実は筋肉がそうしているんで、もし、首の筋肉が弱体化すれば、
頭の重さに耐えかねて、頭は、肩から真下に向いてしまうんですね。
まあ、うなだれている、という感じでしょうか。
いやただのうなだれるではなく、背骨と頭が直角になってしまうんですね。
これは頑張れば、しばらくの間は垂直になりますが、
とてもその状態が続かない。
で、首に力が入らないと、基本起きて行動しているときは、下を向いたままなんです。
次にジワリと来た症状が、咀嚼の力が弱くなったことです。
極端な話、普通の食事をするのに、途中、3回か4回休まないと、
顎が疲れて嚙めなくなるんです。
正に休み休み一食を食べる、という感じです。

 

これらの症状が、あれこれ出てくれば、こりゃまずい、となるでしょ。
で、医者に行って診断してもらったら、重症筋無力症だと宣言されたのです。
と言うか、その可能性が高い、と。
で、とりあえずレントゲンと血液検査をしなさい、ということで、
その検査のために窓口に並んで順番待ちをしたんですが、
このまち時間の間、頭の中では、まずいことになった、と。
重症筋無力症と言うのが、どんな症状になって、生命の危険性はどのぐらいか、
なんて何も知らないわけです。
漠然とその病名から、これは尋常な病気ではない、ということと、
素人ながら、最悪死ぬんだ、と思ったんですね。
まあ、こういう場合、最悪の状況さえ受け入れておけば
それ以下はないのだから、あとは、それ以上を想定すればいいことでしょ。
まずはボーダーラインを心にとめたわけです。
で結論を言うと、5年で死ぬかもしれない、と。

言い換えれば5年は生きるだろうと、適当な基準を想定したわけです。
ここは、素人が勝手な算段をしたのですが、
真っ暗闇の中の手探り状態ですから、最悪の想定を前提にしたんですね。

とは言え、5年で死ぬ、と言う感覚より、5年は生きられる、と言う捉え方だったですね。

そうか、あと5年は生きていられるんだ、と。

 

で、その後、家に帰ってから、ネットなど、それは様々な情報を集めた結果、
最近は、この病気で死ぬということはほとんどない、ということが分かりました。
とは言え、厚生労働省指定の特定疾患、つまり難病である事には変わりがないんです。

そこで、医師の治療計画が立てられ、検査入院が一週間ほどあって、
その中で、まずは胸腺切除と言う外科手術が行われることになったのです。
そもそもこの病気は、なぜか(ここがいまだにわからないのですが)自己免疫疾患の一つです。
人間の体の健康を維持するために様々な免疫システムがあるのですが、
体の中をくまなく、防衛隊が外敵を排除しようとパトロールしているわけです。
ところが、この隊員の一部が間違えた情報をうのみにしてしまい、
健全に働くためのアセチルコリン受容体の活動を、外敵だと思い込んでしまうんですね。
この間違いがかなりの隊員に浸透すると、筋肉活動の指令を伝えるアセチルコリンの受容体を攻撃してしまう。
そこで、筋肉活動がまともに出来なくなって、最終的には、無力症になってしまう、というわけです。

で、肺と胸膜の上に胸腺と言う臓器があって、これが、防衛隊の本陣なんですね。
胸腺から、防衛隊員を養成して送り出す。
ところがここに間違えた情報で動く連中が出現したものですから、
この防衛隊の本陣を破壊してしまおう、というわけです。

少し乱暴な手段なんですが、この胸腺を取ってしまえば、
少なくとも今までの様な勘違い隊員は激減するはずだ、ということで、
胸腺切除と言う手術が行われるわけです。

まあ、それまでに予備的な治療があって、いよいよ本戦である胸腺切除の手術が
7年前の6月6日に行われたのです。

決して大げさでなく、このような治療をしていなければ、
素人の読みではありますが、5年であの世に行っていたかもしれません。
でもおかげさまで、7年過ぎても生きながらえていると言うことは、
正に医療と言う健康確保の手段の優れた進歩のおかげですね。

 

この手術が終わって、1週間後に退院したのですが、
その時担当医が、私のベッドのところにやってきて、いくつかの注意をするとともに、

この病気であなたが死ぬことはありません、と宣言されました。

 

ほんと、おかげさまで、先ずは元気に手術7年目を迎えることができました。
ご迷惑かもしれませんが、あと、11年ほどこの世にとどまる予定ですので、
今後ともよろしくお付き合いのほど、お願い致します。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
いやな渡世だな

勝演ずる座頭市が、ひと暴れした後、画面いっぱいのアップになって、
「いやな渡世だな」とつぶやく。

確かに、いやな渡世、今様に言えば、暮らしにくい世の中、とでも言うのでしょうか。


いつものように、ネットの検索をあれこれしていると、
トピックスの羅列を見ながら、
暗い話題ばかり。


相変わらず高齢者の無謀運転による交通事故。
川崎の事件の余波を受けたように発生した元事務次官の事件。
日韓のぎくしゃくした状況の記事。
地球の温暖化は止められない、という記事。
中国の天安門に関する日本人としての主張。
あほな国会議員の戦争発言に続く女買いたい発言。
芸能人の世相批判への批判。
自己保存の極みのような政治家たちの体質。
何も機能しないであろう南海トラフ地震への対策。
高齢化の中での経済的な老後不安、2000万円用意しろ、と。

なんか明るいニュースはありますか。
どれもこれも、気が沈むようなことばっかり。
座頭市でなくても
「いやな渡世だな」と言いたくなりますでしょ。


で、この間の川崎小学生殺傷事件の事を知った時に、
改めて感じたのですが、
どうも人間には、二種類の人間がいるらしい。
一つは「性善」的な人。
もう一つは「性悪」的な人。


特に、世の中で、ミスも含めて、事を起こす人は、
原則的に性悪なのではないか、という仮説を立ててみたのです。
性悪と言っても、右から左までいて、

小悪党から、大悪党まで。
面構えとしては柔和なんですが、心の奥では冷徹な悪を抱え込んでいる。
普段は普通の人なんですが、いざとなると、冷血動物のような行動をとる。
自己示威欲が強く、物欲が激しい。
最後の最後はそろばん勘定で事を選択する。
物事を否定的に考える。
人を平気で中傷する。
何かと、人のせい世の中のせいにする。

まあ、協調性とか社会性は望むべくもない。
しかし、結構こういう人で、政治家だったり、企業家だったりするでしょ。
ようは、いわゆる世に於けるリーダー的な人ですね。

でも、性悪の人はいるものです。


もちろん、チンピラ的な人生を送る人もいます。
いわゆる小悪党ですね。

ま、いずれにしても、どのように時代が進もうと、
これらのタイプに人は、一定比率で世の中に存在するんじゃないのだろうか、
と考えるんです。


日本に限らず、世界の国々のさまざまな歴史を見てみると、
年がら年中もめごとの中で暮らしているでしょ。
いささかうんざりしますよね。
ま、戦争という最も激しい憎悪は、少なくても日本ではここ70数年間経験していませんが、
大病こそしなかったものの、頭痛、腹痛、倦怠感など、
微妙な体調不安は絶えず持っていましたよね。

すっきりさっぱりなんて、雲一つない晴天なんてしばらく見たことがありません。

と言うのも、性悪のDNAを持ちこんでいる人がいる限り、
トラブルは世の中から消えないんですね。


これはDNAとして持っているようですから、
あきらめるしかないのでしょうか。

しばしば人間は、法と教育で性悪なるものを性善なるものに
変えることはできる、と言う幻想を持ってしまいます。
でもDNAですからね。
もともと鈍足に人をいくらトレーニングしたって、
100メートル10秒を切らせることは不可能でしょ。
そういう肉体なんですから。

 

考えや行動も肉体なんですから。

性悪から、性善への切り替えなんて、奇跡でも起きない限り、ありえない。

やはり「いやな渡世だな」なんですかね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 19:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
覚悟の上とは言え

日本の殺人事件件数は、およそ400人弱。
ほぼ一日一人が、事件に巻き込まれて死亡しています。


殺人発生件数の統計は、人口10万人を基準に算出されます。
日本では、その数字が、0.28人。
平塚は、人口25万ですから、計算上は0.7人という数字。
ちょっとこれも多いかなと思うのが実感です。
だって、3年で2人ですからね。
そんなには殺されてないだろう、と思いませんか。
最もこの数字のベースは全国平均ですけど。

 

で、数が多いというと、第一位はエルサルバドル。
なんと年間指数が、83。
10万人で83人ですから、平塚に換算すると、207人。
1週間でほぼ5人。
平塚の警察だたら、捜査したり取り調べたり、正にお手上げでしょうね。
東京都の人口が、1380万人ですから、東京で換算すれば、1万1千人余り。

一日30人が殺されるのです。
いや正に、繁華街の路地には死体がゴロゴロしている感じですね。
まあ、凄い国です。
続いて第2位はホンジュラス、あと、ベネジェラ、ジャマイカなど、

中南米の国々が物騒な国と言うことになります。
で、先進国では、ロシアが11で、日本の40倍。
アメリカが5.3で、日本の20倍。
ま、ともかく、世界の国々は危険が内在しているんですね。

 

で、日本については、安全と言えば安全なんでしょうが、
大問題が一つあります。
それは、発生する殺人事件の55%が親族間の殺人と言うことです。
息子が親を殺したとか、先日の元農水省事務次官のように、親が子供を殺したとか、
よくある、若い親が幼い子供を殺したとか、
老々介護の果て、看病に疲れて、夫が妻を殺したとか、
まあ、2件に1件は家族間の殺人なんです。
これはおぞましいでしょ。


川崎の小学生殺傷事件とか、今回の元事務次官殺人事件とか、が発生すると、
基本はどうも家族間の問題が、何らかの要因で増幅してしまい、
それは殺人に向かってしまう、ということのようですね。
そこで、その責任は、家族関係に原点があると思われるわけです。


上級国民による池袋の暴走事件も、基本は家族内でコントロールすべきだったんでしょ。

家族は、一つ屋根の下で、毎日一緒に暮らしているんです。
寝食を共にし、同じテレビを見て、共感し合い、
特に、親は子供の成長のため、とてつもない努力をするでしょ。
子は、その姿を見てきているはずですが、
どこかで、自我の目覚めとともに、見るべき方向が、ずれ始める。
外的な要因、例えば学校でのいじめとか、劣等感の増幅とか、
自分の不都合を、人のせい、物のせい、社会のせいにするようになる。
責任を取ろうとしない。
それを家族が、修正するような働きかけをしない、
又は、できない。
そうこうするうち、家族内での離反が始まる。
当然、社会とも離反してゆく。


なんか内在するものとして、否応なしに孤独な世界を作り上げていってしまうんですね。
あるところまでゆくと、家族ですら修正できなくなる。
きっとお手上げ状態なんでしょうね。
家族の誰だって、今を生きるのが精いっぱいだとしたら、
ちょっとずれ始めると、家族であれ、その一員のことを構いきれないんでしょうね。

 

私は、こう考えています。
人間と言うのは、そもそもが社会的な動物ですから、
群れの中での存在感を自覚できる事が必要だと思っています。
自分は、有為な存在であると。
しかし、なかなか順調にそのことは得られないことが多い。
ですから、基本的な性格が、ポジティブなら、何とか方法を見出してゆくのですが、
性格がネガティブだと、様々な信号を受けられなくて、
自分勝手に、自分はダメだと決めつけてしまう。
ま、これがネガティブな性格の原点なんですが、
その結果社会との融合性を失う。
孤立する。
ひどい場合は、その延長で、正常な考えを失ってゆく。


正常な考えとは、社会的で協調的な考えの事です。

今回の元事務次官の場合、そうとうに冷静に、しかも、覚悟を持っての行動だったと思うんです。
年は、私と同級生。
きっと順風満帆の人生だったんでしょうね。
もちろん人一倍の努力はあったと思いますが、
努力をすると言うのは、実はそれ自身が性格ですから、

傍で見るほど本人は大変じゃないんです。
で、仕事の上でも正に天辺を取った。
それなりに見識、人格、経験など優れたものを持っていたわけでしょ。

 

しかし、ふと気づくと足元の息子のことに親としての対応が不十分だった。
きっと仕事優先だったんでしょうね。
それが、そういう行動に出たというのは、

その覚悟よりも、親として、最も息子のことを熟知している人間として、
それだけに、退任してから後悔が始まったんではないかと。
考えに考えた挙句の結論なんでしょうね。
これは彼なりの社会観と正義感の表れです。


もちろん、人ひとりの命を奪うというのは、たとえ親であっても、

許されることではないと思いますが、
私は、毅然と前を見て、テレビカメラの前に姿をさらした姿に、

覚悟の強さが表れていると思いました。
多くの無頼漢が悪行の果てに、官憲に確保され、

目深に帽子をかぶったり、マスクをしたりと、
その肝っ玉の小さい所業をよく見かけますが、
私は前を向いた元事務次官に覚悟のほどを見て取ったんですね。

 

家族の絆が壊れ始めて、その結果がこう言う不幸を作り出している。
日本社会としてこれらの問題に対応することには限界があると思います。


残念ですが、そういう流れを私達は

受け止めてゆかなくてはいけないんですね。
本当に残念です。

| 水嶋かずあき | - | 19:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
半分は燃やして終わり

私がマンションに引っ越してきて、最初に感じたマンション生活のメリットは、
ゴミの廃棄についてでした。
一階の、奥なんですが、ゴミ収集場所があって、
そこに、いくつか置き場が決められてはいるものの、
ほとんどのゴミを捨てることができるのです。


で、何がすごいと思ったのかと言うと、いつでも、と言う事なんです。
普通は、曜日別とかにこまごま分かれていて、
一度捨て損なうと、来週まで家に中に置いておかなくてはいけない、ということになります。
でも、ゴミ収集部屋にさえ持って行けば、早朝だろうと、深夜だろうと、
日曜だろうと、祭日だろうと、ともかく廃棄することができるのです。
布団丸ごととか、何十属幣紊虜猝擇箸、何か若干の規定がありますが、
燃えるごみ(生ごみ)プラゴミ、ペットボトル、
そして資源ごみとしての、紙、ビン、缶、段ボールなど、
分類さえすれば、所定の所に置いてくればいいのですから、
まずは、ゴミカレンダーで、曜日確認なんてしなくていいんですね。
これは、生活してゆく上ではとてつもなく大きなメリットです。

 

で、あらためと思ったんですが、いつでもいいということもあってか、
ほぼ毎日、なんかのごみを捨てています。
我が家は、夫婦二人と、かみさんのお父さんの三人。
ちなみに、3人の平均年齢は79歳。
来年は平均年齢80歳のオールドファミリ―になります。
ま、ともかく、ですから、食べ盛りの子どもが何人かいる家庭から見れば、
捨てるものと言うのは少ない方だと思うんですが、
それでも、プラゴミは、最低でも2日に一回は捨てに行きます。
生ごみは、幸いかなディスポーザーがあるんで、あまり出ないんですね。

 

で、思うことは、なんだってこんなにプラスチックごみが出るんだ、と思うんです。
一度食事の準備をすると、大きめの買い物用のレジ袋は半分ほど埋まります。
考えてみると、食料品店の店頭は、なんだかんだとプラ系の容器に包まれています。
大根だって、ビニール袋に包まれていますし、レタスなんかも透明の容器に、入れこしています。
魚、肉は当然でしょ。

昔の話をしても仕方ないのですが、
その昔、肉屋さんは、竹の皮を包装用に使っていましたよね。
肉だって、油紙でくるんで、紙包装。
ふと気づくと、プラだらけになっています。

 

で、ゴミを捨てるのに分別するんですが、
うちのマンションに、もちろん誰だかわからないのですが、
なんでもかんでも、全部まとめてごみ袋に入れて出す人がいるんですね。
で、管理人さんが時々、きちんと分類してください、と貼り紙をつけたりしています。

おかげで、監視カメラを付けることになりました。

まあ、仕方ないですか。
もちろん、みんな決まり通りに、ペットボトルなんて、
ラベルをはがし、キャップは別にして、ボトルはボトルで仕分けしています。

で、これって、本当に意味があるのか、と疑問を感じることがありました。


ちらちらと噂のように聞いてはいたのですが、
ゴミの分類は意味がない、と。
で、日本はウソかホントか、プラゴミのリサイクル率が84%なんですって。
これはすごいでしょ。
日本人の生真面目さがデータ−として出た、とか言われていますが、
84%という高い数字が逆に気になってしまったんです。
そもそもが廃プラのリサイクルというのは、大きくわけて3種類。
1. マテリアルリサイクル
2. ケミカルリサイクル
3. サーマルリサイクル
の3つ。

で、1、2はともかく3のサーマルリサイクルというのは、
燃しちまう、と言う事なんです。
なんかの拍子に、キャンプファイヤーの中に、飲み終わったペットボトルを投げ込んだとします。
つまりこれだって、大雑把にはサーマルなんです。
回収率が84%、そのうちの70%がサーマル処理によるものです。
つまり、なんだかんだと半分以上は、要は燃しているんですね。
だったら、燃えるごみとして処分しても何の問題もないんじゃないの、と思うんですね。

 

ウソかホントか、ゴミ焼却の現場では、生のままのゴミだと燃焼性がよくない。
そこで、プラゴミを補助燃料として混ぜているとか。
つまりわざわざ市民に分けさせて、別々に回収して、
ゴミ焼却場で、また混ぜているとしたら、
私達の努力は意味がないという事でしょ。
これを徒労と言います。

ひどいのは、そんな風潮を作り上げていて、
いや誰ってオカミのことですよ。
事業ごみは有料だ、とか、ちょっとした分別で、これは持って行けないとか、
まあ庶民は、女将の顔色をうかがうようにごみを出しているでしょ。
まあ身近の所にはいませんが、ところによっては、分別をきちんとさせようと、
自治会の中の役員さんが、見張りをしてるとか。
もうこうなると、いい加減なルールを作りそれを市民に強制している行政の手先みたいなもんでしょ。

近々、ゴミ袋を有料にし、そのゴミ袋でないと回収しない、

というルールを実施するとか、言われています。
いやいや、その前に、私達の分類の努力がどのように生かされているか、
忠実なデータを公表すべきでしょ。

 

実は、今度の七夕のたから市と言うイベント会場で、
16コマの飲食店が出店するのですが、
この時、脱プラをテーマにして、そういう運動を興そうと、
プラスチック製の容器は使わない、ということのようです。
まあ、紙皿とか、紙コップを使うようです。
実質的な効果としては、焼け石に水の話ですが、
それはそれなりに、地球環境を考えれば、啓蒙としては意味あることだと思うんですが、
大手のフードチェーンが、ストローを紙製に切り替える、という運動に似ていて、
効果そのものよりも、うちだって環境に取り組んでいるんです的な見栄を感じますね。

何より、廃プラリサイクルの精度上げるか、サーマルで、良しとするのか、
いずれにしても決断が迫られているんじゃないでしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
さかなまつり

今日は、朝早くから、ベジタマ最中を作り、

須賀港の漁業市場で開催されている「魚まつり」に出品しました。

 

そもそもが、ベジタマ最中と言うものが、平塚市の農水産課で企画されたもので、
水産系のキャラクタとして、タマ三郎という、決してゆるキャラとは言えない風貌の、猫の化身みたいな漁師のタマ三郎と、
農産品系のキャラクターの犬のベジタのそれぞれを、デザインして、金型に起こし、
それで、焼いたもなかの皮に、既成概念にとらわれず、中身を入れて、食べてみよう、と言うのがベジタマ最中なんです。
現在、とりあえず続いているところが、杵若さんの、栗勝りきんとん最中、もしくは湘南みかん餡最中。
サンメッセさんのチョコブラウニー最中、肉の虎屋さんのモナコロ、コロッケの入った最中、
そして我が舟平の、しらす天ご飯最中、ハムサラダ最中、海老かつ最中、などです。
まあ、これで一儲けしようという人はいないのですが、せっかく東海大の学生さんがデザインし、
平塚産のもち米で種清さんが皮を焼いて、頑張っているんだからと、なるべく、広く伝えてゆきたいと考えています。
ま、先日の緑化まつりなどにも出店しているんですが、
今日の魚まつりにも出店したんです。

まあ、魚まつりも農水産課の事業の一つですから、

そこにベジタマもなかが出てくるのは当然と言えば当然なんです。

確かこれで3年連続での出店。

 

そもそも事務局的な仕事をしていただいている農水産課が、

何かの縁の下の力持ち風にサポートしていただいているので、
私達は、そこに品物を持ちこんで、売るだけ。
まあ、なんだかんだと完売はするんですが、もともと、魚の市民市ですので、
もなかは添え物。

製造数も控えめなんですね。
まあ、町のイベントに協力しますしょう、と言った感じでしょうか。

 

その本体の魚市の様子です。
時間は、朝8時から10時まで。
場所は、須賀の港、平塚市水産物地方卸売市場。
年に一回開催されています。

その中身は、市民セリ市・元祖!漁師鍋・マグロの解体実演・マグロの重量当てクイズ
・JAあさつゆ広場の直売・他ふれあいマーケットからの出店等々で、
ベジタマ最中は、その他のマーケット分野です。

 

で、結構市場は広いんですが、朝の8時にはほぼ満杯。
一番人気のまぐろの売り場には、開会前から長蛇の列。
1人1柵、一律1000円なんですね。
ですから、この列に50人並んでいると、もうそれは5万円の売り上げと言うことです。
まあ、実際には、100人以上が並んでいます。
少なくとも、あの列の後ろに並ぼうとは思えないほどの数です。

 

そもそもが、まぐろの解体から始まります。
よく、デパートなんかの地下の食品売り場などで、イベント的にマグロ解体ショーとかやりますが、
まあ、あれが延々と何尾か分行われるのです。
ともかく眼の前で数十キロのまぐろを解体し、終わると、何人かが手分けして柵取りして、
白いトレーに載せます。
買う方は、あれこれ選択権はありません。
ラッキーな人だと、中トロのところ。
まあ、ごく普通で赤身のところ。
としても、金額としては半額以下。
日本人はまぐろ好きと言われていますが、この時の列の長さを見ていると、

なんだってそんなにまぐろを食べたがるんだ、という感じですね。
もちろん、それ以外の水産品もこれでもか、と種類を並べていて、
通りかかると威勢のいい呼び声に、思わず足を止めてしまいます。
当然ですが、相模湾の水揚げが主流で、鯵なんか、中型の方のいいのが、6〜7匹入って、500円。
金目鯛など、1.5から2キロぐらいの型のいいのでも、いいとこ2000円。
まあそれこそありとあらゆる魚種が並べられています。

一言で言えば、解放魚市場、ですね。
余りの売れ行きに、どこかのコマでは、あわてて品物を探しに行ったん簿でしょうね。
1輪車か何かに、練り物の詰め合わせを山と載せて、一袋300円だ、と叫んでいました。
生鮮の魚以外にも干物とか、加工品もいろいろとあって、それは魚好きにはたまらないイベントです。
私も、最中の販売の合間に、あちらこちら見物がてら、買い物をしました。
正直に言えば、最中の売り上げ分ぐらいは買ってしまったと思います。
一つはシラス。
確かにどこでも売っているんですが、出ていた品は、ちょっと型が大きいものだったんです。
私は、しらすは、型が大きいほどうまい、と思っています。
小さいのは、やはり味が薄いですね。
型がよかったんで、これで明日は、しらすかき揚げでも作るか、と。
ともかくその売り方が、丼一杯500円、ということで、目方ではなく見た目の量目なんです。
いかにもどんぶり勘定でしょ。
ともかく、最初の1時間は、会場内を思うに任せて歩けないくらいの混雑ぶり。
中には、クーラーボックスを肩から下げて、あれこれ買いものをしている人もいます。
これも結構な数で、あのクーラーボックスに詰め込んだ魚を

どのように食べるんだろう、と気になるくらいです。

 

まあ、平塚は、海辺のまちです。
海の恵みを豊富に与えられているまちです。
日本は四面を海に囲まれていますが、だからと言って、
海の幸を直接的に得られるというのは、それはそれでラッキーな事でしょ。
改めて、平塚の素晴らしさの発見をしました。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 12:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
おかげさまで3000投稿

今日は、私がブログを開設してちょうど3000投稿の記念日です。
そして近々、9年目を迎えます。


何はともあれ、テーマを考え、文章にして、投稿する、と言うのはそれなりの意欲が必要なんですが、
これを持続できたのは、私のブログに多くの来訪者があったからです。
心から、御礼申し上げます。
そして、時々ですが、コメントを付けていただける方々、
本当に感謝します。
まあ、良かれ悪しかれ、書き続けてきたエネルギー源になったたのです。
やぶ枯らしさん、まさやん、もっちゃん、中戸川茂雄さん、そして茅ヶ崎の渋谷さん、
心から感謝します。

 

まあ、考えてみれば、しつこいというか、自分で言うのもなんですが、根性があるというか、
ともかく、何か始めると、よほどのことがない限り、やめようとはしないんですね。
ま、とはいえ、少しづつテンションが下がっていって、縁遠くなるものもないわけではないんですが、
大体は、続けるんです。
ま、どこかで見切りをつけるという決断ができない、
いわば優柔不断な性格なのかもしれません。

ま、それにしても、3000です。


いやよく言うんですが、同じ一つのブログでも、
正につぶやくようなのも一つと考えれば、3000なんて、
何てことないと思うんですが、
原則、きちんとした起承転結の流れの中で、
それなりの意見を書き添えるとなると、
そこそこ調べもしなくちゃなりませんし、論旨がよれてはいけないので、
話しの構成もそれなりに気を使うわけです。

まあ、大体、一話をA4の用紙で2枚分ぐらいを目安にしています。
特に話を引き延ばそうとかは考えていないのですが、
あれこれ考えて、言葉にしていると、大体そのぐらいになってしまうんですね。
この内容を、3000です。


確かに、ここまで来ると、テーマとしては重複するものもあります。
しかし、前回書いた内容とはちょっとばかり視点が変わるので、
まあ、以前にも書いたか、と言うチェックはあまり厳しくはしていません。
第一、たしか書いたことがある、と言う程度なら、

読んでいる方々だって、うろ覚えのはずだ、と、
実に都合のいい解釈をしています。

 

このブログに関わる時間は、平均で1時間ぐらい。
いや正確にはそれ以上でしょうか。
基本はネタ探しです。
何を書こうか、と。
そこで、YAHOOを主に様々な話題をチェックします。
大体、これが数十分。
そこで、アンテナに引っかかったものに狙いを定め、
周辺の情報を集めます。
そして、書くというテンションが上がってきたところで、
大雑把な構成を想定して、書きだします。
時に、よどみなく文章が出てくることもありますが、
やたら、引っかかるときもあります。


ほぼですが、2回に1回は、当初書こうと思ったテーマがづれ初めて、
予定とは違ったところに着地してしまう、と言うことがあります。
これは、文章の流れの中で、じわじわと軌道からヅレてゆくんですが、
まあ、無理に、主張を貫くなんてことより、心の中に浮かんだ情景を文章にするわけですから、
流れ重視で考えれば、気にすることではない、と考えています。
要は、思うが儘に言葉を連ねている、ということですね。

 

一番つらいのは、どう頭をひねっても、テーマを見いだせない、と言う時です。
そうなると、ネットでテーマを見つけようとしても、大した出来事もなく、共感するようなこともない。
とは言え、何か書かなくちゃ、と思うと、それなりにプレッシャーになり、焦りが出てくるんですね。
でも、こんな時こそ、肩の力を抜いて、つれづれなるままにと、兼好法師を見習って、
のんびりとした世情の見方も、テーマになるんですね。

 

大体、標準的には、朝食が終わって、9時ぐらいから自室に戻って、
パソコンに向かい、文章を作成します。
テーマが用意されていれば、ごく修正程度の調べもので済みますが、
テーマが不明確な状態だと、やたらとネット検索に時間がかかります。
でもまあ、平均して1時間ちょっと。
ですから、原則として投稿時間は、10時から11時の間。
これ以降になっているときは、朝一で何か予定が入っているときです。
午後になることもあれば、夜になることもあります。
ともかく、1日1本と言うことは死守しているので、
日がな一日あれこれと予定が立て込んでいると
さて、いつ書くか、とそれなりのプレッシャーが生まれます。

 

ま、おかげさまで、頭もぼけずに済んでいるのは、

ブログを書き続けているからだろうか、と思っています。
そして何より、こんな長くて、どうしようもない内容のブログ、しかも誤字だらけの文章を、
よくぞ、読んでいただける、と言う感謝の念が、3000回を支えているんだ、と思っています。


これからもよろしくお願いします。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:02 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
ルーシーが生きていたころの事

人間は、自分たちの先祖が、どのようにして今日にたどり着いたのか、

と言う進化の過程をとても気にしてます。
そして例によってさまざまな説が登場しているんですが、
現在はある程度、説の一本化が行われて来つつあります。

まあ、多くの学者がそうに違いない、と共通してあらすじを認めたということです。

 

先ずヒト(ホモサピエンスのこと)としての最低条件は、と言うと、
二足直立歩行です。
類人猿から分かれて、ヒトは別の進化を遂げますが、
その分岐点は、直立に歩行をしたことでした。
かつて進化の道を共にしてきたのですが、人と別れることとなったのが、
類人猿の類。
ゴリラ、チンパンジー、オランウータンなどです。
で、彼らは、二足歩行をしますが、ナッキングと言って、手の甲を地に付け、
歩行することが多いのです。
したがって、人はそれをしない分、前傾姿勢から解放されて、
直立と言う姿勢を取れるようになりました。
これは当然ですが、骨格としては直立姿勢を支えるため
骨盤の向きが変わってきます。
ですから、この骨盤の角度などが、遺跡から人骨らしきものが発見された場合、
直立を示すものか、否かが、判断の大きな基準になってくるのです。

 

そして、その時一緒に掘り出された地盤が何年前のものか、ということが計算され、
その地盤の世代に生きていた、ということになってます。

今のところの定説としては、人間の先祖、つまり二足直立歩行をするようになったヒトは、
およそ500万年前ぐらいに、登場したらしいとされています。

 

いくつかの原人の発掘された骨格の中で、もっとも有名なのがルーシー。
これは1974年11月にエチオピア法東部のハダモール村で発見された化石人骨で、
この骨は、318万年前のもので、かなりまとまった骨から、二足直立歩行をしていたことが分かり、
正に新発見となったのです。
この骨は、アウストラロピテクス・アファレンシスと言う猿人の一種で、国際アファール調査隊が、発見したんですね。
で、この時、新発見に沸いていた調査隊のキャンプで、

たまたまビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」がかかっていて、
これにちなんで、ルーシーと名付けられたのだそうです。
ま、この逸話はともかく、318万年前、とかなり具体的な数字ですが、
すでに、この時期に二足直立歩行をする、ヒトの大先輩がいたわけです。
 
で、多くの人骨化石を輩出する東アフリカの中部ですが、
大西洋からのプレートの圧力がアフリカ大陸に掛かり、
アフリカの東部が隆起します。
そこに東アフリカ大地溝帯が形成されるのですが、
この地殻変化により、それまで、海から流れ込んできた湿った空気が遮断され、
それまで、木々に覆われていたアフリカの森が、徐々に衰退し、草原へと変わってしまいます。
つまり、木がなくなってくると、樹上生活をしていた動物は、

否応なしに地上の生活に適応しなくてはならなくなるのです。
その結果、二足で歩くことの能力を身に着け、

形態としての直立型の人の原型が作り上げれられて行きます。

 

ま、少なくとも、私はそのように聞かされてきました。
ところが、こんな記事がネットで紹介されたのです。
「ヒトが直立二足歩行するようになったきっかけに超新星爆発が...」と言うんですね。
何!新説か?
で、米カンザス大学のアドリアン・メロット名誉教授らの研究チームは、
「超新星に伴う宇宙線によって大気がイオン化(電離)し、

落雷が急激に増え、世界中で森林火災が起こった」
と推測したのです。
そして「ヒトの祖先は、森林が焼失して草原となったことで、
この環境変化に適応するため二足直立歩行を進化させたのではないか」という新たな説を示したのですね。
木がなくなって、地上に降り立った結果、二足直立歩行に移ったという点では同じなんですが、
木がなくなった原因と言うのが落雷による森林火災で、木が喪失した、と言うんですね。
ま、正直どうでもいいや、と思うんですが、もし推定通りだとすると、
超新星爆発という第一次の現象が、人類誕生のきっかけ、ということになりますでしょ。

 

ただ、その時期に若干のずれがあるんですね。
そもそも地球には800万年前から超新星からの宇宙線が到来していたのだそうですが、

そのピークは260万年前頃とみられている、と言うんですね。
と言うことは、発見されたルーシーの生きていた時代は、318万年前。
微妙にズレがあるとは思いませんか。

まあ素人がとやっく言う事でもないのですが、
数字が合わないじゃん、ということです。
ま、だからなんだの世界ですが。

| 水嶋かずあき | 環境 | 20:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
シャボン玉

シャボン玉は迷惑だ、とSNSで論争が起きているのだそうです。
まあ、なんだって、いちいち目くじら立てて物を言うんでしょうね。
ちっとぐらいのこと、だからなんだ、と流せば済む話でしょ。
世知辛い世の中になったもんですね。

そもそもネットで、いろんな意見を言う人で、
だいたい、共通しているんですが、何かと否定的な意見を言う人は、
ろくな人生送っていないんじゃないでしょうか。
だって、人様のおかげで生かさせてもらっていると考えるなら、
多少のことは、ま、いいか、と水に流すのが大人の生き方でしょ。


まして、シャボン玉なんて、子どもの遊びじゃないですか。
あの虹色の光る表面に何の毒が含まれているんだ、と思いませんか。

このバカげた論争は、「シャボン玉が近所迷惑にならないか不安」という投稿がきっかけ。
「洗濯物につくから迷惑」「車にあとが残る」など否定的な意見があったそうです。
もちろん、
 「公園とかだったら別にいいと思うけど、バーベキューとか飲食したりする場所だったら、時間を考えてするべきかな」
??基本屋外でしょ。
と言うことは、屋外で飲食しているわけだ。

煙は出るし匂いも漂う。
これって、目くそ鼻くそが笑う、みたいなもんでしょ。
ま、基本的には肯定派が多いようですが、
 「子どもと一緒にやるからダメとは思わない。遊びの1つだと思う」
 「小さい時にやってると思うんで、今やられても自分もやったことだしいいかなと思う」
いや、そういう意味じゃないでしょ。

やっちまったから、後に続くを許すとかじゃないでしょ。
 「あんまり嫌じゃない。石鹸だからいいかなって」(30代・男性/会社員)
ま、もともとどうでもいい論争なんですが、
子どもが喜んで、目を輝かせているのを見ると、とやかく言うことないと思うんですね。

 

先日、市内のレストランで、ミニライブを開催しました。
で、女性シンガーの方が歌を歌い、ピアノとキーボードの奏者が伴奏する、という形。
わたしは、このライブの構成と進行を担当しました。
で、ミニライブとは言え、それなりのテーマを掲げるべきだ、と思って、
歌の背景を知ることで、歌を聴く時に情景が浮かんでくるものなので、
曲が始まる前に、ちょっとした解説をつけることにしたのです。

いくつかのコーナーの中で、童謡のコーナーを設けました。
で、そのコーナー最初の曲が「シャボン玉」。
野口雨情の作詞による有名な童謡です。

 

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで こわれて消えた

シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
産まれてすぐに こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

 

ま、誰でも歌える歌でしょ。
最初に会場にいる人に合唱してもらいました。

で、終わったところで解説。

ご存知の野口雨情の作詞によるものです。
野口雨情は、北茨城の出身で、家は回船問屋を営むそこそこの家柄でしたが、
常磐線が整備されると、物資の運搬は海から陸に転換されます。
そこで稼業は衰退してゆくのです。
雨情23歳の時、実家の経済力のテコ入れをしようと、

親族が薦める栃木の素封家の娘と政略結婚をすることになります。
まあ、金目当ての政略結婚ですから、雨情としては、戸惑いがありました。
しかし、背は腹に変えられない。
翌年、長男が生まれます。
続いて長女が生まれます。
この長女はみどりと名付けられ、雨情は、どちらかと言えば冷えた夫婦関係を修復する
いわば子はかすがい、を期待します。
しかし、生後1週間でこの子は亡くなります。
雨情は相当のショックを受けます。

 

しばらく、土地を離れ、あてのない放浪生活ともいうべき時期を過ごしますが
やがて故郷に戻ってきます。

きっと、近所の裏路地でシャボン玉遊びをしている子供たちを眺めていたんでしょうね。
そして、その子等の姿に、生きていればこのこぐらいだろうか、
と、亡くなった我が子の姿を重ねてみたのだと思います。

 

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで こわれて消えた

シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
産まれてすぐに こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

 

この歌の背景を知ると、この歌詞の意味の重みが理解できると思うんです。

この歌の背景の解説には、よくあることなんですが、諸説があって、
今私が書いた内容に否定的な人もいます。
しかし、私は、この説の方が歌詞とのなじみがよい、ということと、
雨情の記念館と言うのがあって、そこの館長をしているのが
雨情のお孫さんなんですが、この方が、
こう言う背景を書いているんですね。
ご本人の近くにいたわけですから、この方がそう言う以上、
私はみどりと言う赤子を失った哀惜の情が言葉になっている、
と考えるのが筋だろうと思っています。

素朴に子供の遊びを謳ったものです。


そもそもシャボン玉遊びとはそういうものでしょ。
とやかく言う話ではないでしょ。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
家族の絆

ナショナルジオグラフィックの番組の話です。
テーマは、幻の白いオオカミ。
これは北極圏の永久凍土地帯に生息する北極オオカミの生態の記録映画で、
オオカミの一種なんですが、全身が真っ白になる種で、
北極の地で生きてゆく生態が描かれています。


まあ、普通のオオカミのように群れで獲物を狩って、
子どもを作り、育てるというところは何ら変わりはありません。
そして他のオオカミ同様、北極オオカミの群れにも、序列があって、

これは厳格に守られています。

で、物語は、群れのリーダーのメスが3〜4頭の子を育てているところから始まります。
途中、この群れに見知らぬオオカミが近づいてきます。
普通、よそ者は排除されるので、時に厳しい争いが起きるのですが、
この時はみな穏やかに接しています。
それどころか、結構仲良さ気なんです。
解説によると、このオオカミは雌、リーダーの娘で、
なんかの事情で、しばらく群れを離れていたのですが、
群れに戻ってきたのでした。
関係としては、いま育てている子供たちの姉さんに当たります。


撮影のスタッフは、この戻ってきた姉さんオオカミをエルザと命名します。
群れは、エルザを加えて暮らすことになります。
エルザは、まだヨチヨチ歩きの幼い兄弟の面倒を見る係になります。
リーダーは時に狩りに出かけますので、その留守を守って、実にこまめに幼いオオカミたちの世話をするんですね。
ところが、理由は分かりませんが、エルザは出戻りのため、群れの順位が最下位になんです。
エルザにとって一番の問題は、確保した餌を、上位のものが優先的に食べると、
ほとんど残っていないということです。
それでなくても、獲物の乏しい北極の永久凍土ですから、限られた種の獲物しか狩ることができない。
エルザは、日に日に痩せ衰えてゆきます。
明らかな栄養失調。
そして、ある日、とうとう巣穴から姿を見せることができなくなりました。
そして翌日、巣穴の中で餓死している姿が発見されます。
あんなに、群れのために献身的に尽くしていたのですが、
身分と言うか、序列というか、野生の動物の宿命ですが、

十分な獲物の分け前にあずかることが無かったのです。


これは大変、もの悲しい物語で、
併せて、人間の社会生活の在り方に置き換えて、深刻に考えてしまいました。

 

人間は、社会的動物です。
今でこそ、何万、何十万、何百万と言う塊で暮らしていますが、
アフリカで、ホモサピエンスとして種が確立したころは、
いくつかのファミリーが束ねられた群れで生活していたはずです。
おそらく、多くて数十と言う数です。
群れで行動するということは、当然ですが序列が必要です。
でないと群れとしての秩序が保てないでしょ。
そこで必然的に、ファミリーと言う結束がその基本になったんですね。

ファミリーという小さな群れの鉄則は、相互補助。
狩りをしたり、子を育てたり、外敵を排除したりと、
群れの安全安定のための仕事を、それぞれが分担するわけです。

つまり、私たち人間は、社会的な生き方の中で、家族と言う絆を培うことが、
個と種を維持する重要な要因であることを、

少なくとも20万年前からDNA的に承知してきたわけです。


ところが、以前から見ると、はるかに「食える社会」になってきたのです。
少なくとも日本において、物理的な理由で餓死として死亡したのは、
昭和26年が最後です。
以来、拒食症的な事やその他の病因ではともかく、
食べたくて食べれなかったという状況で栄養失調になり、餓死した人はいません。
皆生きながらえる環境は整ったものの、

群れを作り守る技は、衰退していってるように思うんですね。
一番の問題は、家族の結束を保つのが、難しくなってきたことでしょう。
それは、核家族化から始まりました。
親子のきずなが薄くなる。
親が子供の教育をきちんとしない。
子は親に敬意を持たない。
生活の接点が薄くなる。
要は、本来家族で生き延びてきた時代から、

少しばかり食べれるようになったからと言って、
人間の本質である家族としての営みが、やたらと脆弱になってきたんですね。

このことは今の社会現象に、表れ始めているのではないか、と思うんです。


例えば、例の池袋のさる上級国民と言われた87歳の方が起こした交通事故。
これだって、ではどうしたら防ぐことができたのか、と考えると、
要は、高齢化による身体能力の衰えは、家族が一番知っているだろうと。
本人の自覚が足りない場合は、周囲で認識してもらうしかない、と言う世間の意見が圧倒的でした。
要は、家族にも責任がある、と。
たしかにそのとおり。

 

川崎での小学生殺傷事件。
正に通り魔のような出来事ですが、
はっきり言って、狂人を野放しにしてしまったわけでしょ。
これって、警察だって、学校だって、ましては地域だって、
なんとも責任の取りようがないでしょ。
煎じつめれば、家族がなんとかするしかなかったわけです。
報道によれば容疑者の家族が既に崩壊しているらしい。
ま、逆に手の打ちようがなかったと言うことになりますが、
家族の崩壊が、このような出来事を生み出した基本にある、と言いう認識が必要でしょう。

改めて、家族の在り方をもっと真剣に考え、
人間の絆の根底の効用をもう少し評価すべきではないか、と思うんですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 18:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人生100年時代

何故か、突然人生100年時代、なんていうことが言われ始めました。
まあ、キリがいい、ということで100年なんでしょうが、
当然ですが、誰もが人生を100歳まで生きれるということを保証しているわけではありません。


ちなみに、2019年の統計では、100歳まで生きられる比率は、
男、4.8%、女13.7%です。
別にひがむわけじゃありませんが、こと、寿命に関しては圧倒的に女の勝利です。
100歳になって、同窓会でも開かれたら、いいとこ、男1人に女3人と言う比率。

それにしても、年々平均寿命は上昇の一途。


よく平均寿命という言葉で、人の寿命を言い表しますが、
この平均寿命とは、その年に生まれた赤ちゃんのことであって、

推移する一覧表の数字は、その年度年度のゼロ歳児の余命のことなんです。
で、平均寿命として、男何歳とか、女何歳とか言い、そこが基準のように考えがちなんですが、
あくまでも、それはゼロ歳児のデータですから、私達が一喜一憂するものではないんですね。
したがって、正確には、平均余命表で自分の余命を知ることが大事なんです。


整理しますと、平均寿命の数字は、ゼロ歳児の余命のことで、
それ以降、10才だろうと、50才だろうと、90歳だろうと、自分の今後の余命を知るには、
平均余命表で、数字を確認する必要があるというわけです。


ちなみに私は75歳。
75歳の平均余命は12歳ですから、平均的に残された人生の時間はあと12年。
つまり87歳でご臨終の予定なんです。
この平均余命は、生き残れれば生き残るほど少しづつ伸びますので、
男の平均寿命が81歳だとしても、現在100歳の人は、まだ1.89歳、

つまり102歳までは平均的に生きれる、ということになります。


他に、平均生き残り率と言うのもあって、
同年代の中で、その年齢では何人が生き残っているか、という数字があります。
ちなみに、75歳の仲間は80%生きていて、残念ながら20%の仲間は亡くなってしまったわけです。

で、このように、なんだかんだと寿命は延びてきているわけですから、
高齢になればなるほど、健康度は下がり、収入も下がりますが、
その分、欲しいものも減って来て、そこそこの収入で、生活できるようになります。
人によっては、十分な蓄えもなく、また、年金も十分でない場合があります。
そうなると、老後の生活の基本である経済面での崩壊が起きるわけですね。

 

私の同業者は、まあ平均的には、お店があって、そこそこに売り上げを確保しているんですが、
年とともにいくつかの障害を抱え込むようになります。
まずは、店舗、設備の老朽化です。
次が、従業員の確保が困難になります。
これは年齢とともに、時流をとらえた経営が困難になり、今までのやり方を押し通すため
客も飽きますし、社員も展望がない、と転職をするようになります。
さらには、子どもが跡を継ぐという話も、あまり期待できなくなります。
結局、自分の体がきかなくなると、ほぼ自動的に閉店をせざるを得なくなるんですね。

 

するとそれまで溜め込んだものがあればいいのですが、

そうは順調に推移してきたわけじゃない。
したがって、国民年金かなんかの、ちょぼちょぼの老後資金しかない。

 

話しは変わりますが、
私たちの世代と言うのは、多かれ少なかれ、自分が自立して収入を得られるようになると、
そこそこのお金を親に仕送りしていたでしょ。
で、仲間に聞いてみても、子どもから仕送りをもらっているという親は皆無なんですね。
つまり、年金や、それまでの貯蓄など、自分の口は自分で賄うしかない。
で、これが不十分だったらどうするのか、でしょ。

私は多くの同業の仲間の将来を考えると、不安に感じる人の方が圧倒的に多いんですね。
跡継ぎも居ない、現況の商売も、ギリギリ。
これで、借家や借地なら、もう手の施しようがないでしょ。
仕事ができなくなって、20年前後の際月を、どうやって食ってゆくんだ、ということです。

まして、人生100年、とか言われると、
長生きはめでたいことだけど、どのような人生が送れるのか、不確定なことが多いでしょ。
喜んでばかりはいられないんです。


でも、原則、いくら年を取ろうと自分の人生は自分でコントロールするしかないわけで、
それを世の中のせいにはできない。
だからこそ、認知症とやらになる前に、寝たきりになる前に、
老後の設計をしっかりと立てることが重要でしょ。

私は、実際いくつで死ぬか分からないのですが、それでも、死ぬまえ10年間は、
のんびりと、いい時間を過ごしたいと願っています。
金の心配をしたり、人とのいさかいを持ちこしたりしないように、
最後を締めくくりたいと考えています。
これも同じく、老後の目標の一つじゃないでしょうか。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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