水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
新聞と言う情報源

なぜそうなったのか、自分でもそのきっかけとか理由がわからないのですが、
私は、紙に書かれた文字を読むのが苦手なんです。
チラシの類の印刷物もそうですし、
取扱説明書もそう。

とくに、40歳なった途端老眼になり始め、

小さい字が苦手になったんです。

読むこと自体が苦手になって、
特に印刷された(コピーかも)手紙や案内の類は、真剣に目を通さないんですね。
ま、それによって不都合はしばしば生じますが、
これは性格だからとあきらめています。

 

この文字苦手の症状で顕著なのは、本です。
先ず本を読んだことがありません。
最後に読んだ本は、今から20年前、ある東大の助教授だった方が書いた、

地球の成り立ちと、生命の起源と、進化などの内容の「100億年の手紙」

という本で、珍しく最初から最後まで読み通しました。
一応、体裁やら世間体もあって、書棚には、本が並んでいますが、
読み通した本は、この一冊だけで、あとは、最初の数ページでギブアップ。

 

結構私の周囲には本を出版している人が多く、
名刺代わりにと言いつつ、著作の本を贈呈いただくのですが、
申し訳ないことに、これらも本棚を飾るだけのことになっています。

松風町から紅谷町に引っ越して来た時、思い切って捨てたものが多くありましたが、
本に関しては躊躇なく捨ててしまいました。
だって、今までも目を通さなかったのですから、今後も読むことはないでしょ。
結果として残ったのは、知人から贈呈された本だけ、という事になりました。

 

とは言え、ネットでの文字はよく読みます。
考えてみれば、パソコンの画面上で得られる知識で、結構間に合うものなんですね。

したがって、新聞も読みません。
マンションの玄関ロビーに、定期的に古新聞の束が置かれていて、
翌日は、そこにトイレットペーパーが置いてあるのですが、
要はちり紙交換ですね。
この新聞紙の束を見るたびに、我が家には該当しないことだ、と思っています。
要は、我が家は新聞を取らないのですね。

 

いや、何か思い出したように新聞を取ろう、と言いだすことがあります。
すると、かみさんが渋い顔をして、やめたら、と釘を差します。
でも、新聞を読むって、ちょっとばかりハイブローな感じがするでしょ。
そこで、配達所に電話して、来月からよろしく、なんてことを言うんですね。
かみさんはやな顔してます。
実は毎度のことなんですが、配達を頼んでも、ほぼ一か月後には断ることになるんです。
と言うのも、意気込んで新聞に目を通すのはいいとこ、3日ぐらい。
その後数日は、見出しだけ眺めて終わり。
一週間もすると、開きもしない新聞が山のように積まれてゆくんです。
で、かみさんは、だから言ったでしょ、と新聞配達所に断りの電話をするんです。
こんなことを何回繰り返したでしょうね。

 

で、さすがにここ10年ほど、新聞を取ろう、という事は言わなくなりました。

とはいえですよ、それなりに新聞て魅力的でしょ。
ですから、床屋さんに行くときは、待たされることを期待しつつ、
老眼鏡を持って行って、置いてある新聞を読むんです。
これはこれなりに新鮮でいいものなんですね。

 

昨日、病院に定期検診に行ってきました。
毎度のことなんですが、予約時間のちょっと前に行って受診手続きをするんですが、
早くて1時間、遅いと90分は待たされるんですね。
で、この間どうやって時間をつぶすかでしょ。
そこで、今回は新聞を買って、これをじっくりと読もうと思い、
売店で新聞を買ったんですね。
で、待合のベンチに座っておもむろに新聞を開いたのですが、
出がけにのぞいたネットのさまざまな情報の二番煎じみたいなものです。
ああ、このことは知ってる、この記事の内容は今朝読んだ、と言ったことで、
見出しだけざっとチェックすると、
中に入り込んで読んでみようという記事がほとんどないんですね。
とくに、テレビ・ラジオの番組表も、株式の市況のリストも感心なし。
で、まん中あたりに高校野球の特集のごとく写真と戦況が載っているんです。
ま、ここも読み飛ばしでしょ。
社会欄もテレビとネットニュースですでにチェック済みのことばかり。
なんだ、この錯誤感。
要は買わなきゃよかった、という感想なわけです。

 

一通りページをめくっても、まだ名前を呼ばれない。
で、時間は十分にあるのですから、ちょっと気になったことをチェックしました。
広告のボリュームです。
全ページ広告が数ページあって、
下段にある程度のスペースが罫線で囲われていて、
ここは広告スペース。
その全体の面積をチェックしたんですね。
つまり新聞の総面積の広告面積です。
その新聞は全部で32ページ。
うち広告面積は11ページ分。
一部140円でしたが、実質記事としての価値は、92円分。
48円分は、欲しくもない情報でしょ。

 

新聞離れが進んでいるようですが、

新聞が最適な情報源と言う時代は終わっているような気がしました。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
さらばステロイド

今日は、午前中、共済病院の神経内科の定期検診に行ってきました。

3か月に一度の外来診療です。


2012年の春に発病し、結果としてその年の6月に入院、手術。
あれこれあって、7月1日に最終的に、退院しました。

ブログでも何回かご報告していますが、病名は重症筋無力症。

ちなみに、厚生労働省指定の特定疾患、通称、難病と言われるものです。

何しろ10万人一人、と言われる病気なんです。


病理を簡単に説明すると、

筋肉の動きが、ある免疫抗体によって阻害され、正常に動かなくなるというものです。

そもそもが私たちの肉体は、脳がこのように動こうという意思を持った瞬間、
それに必要な筋肉が反応し、ある動きになるものです。
例えば、グーチョキパーの動作でたとえれば、
グーを出そうと思うと、五本の指をしっかりと握りしめます。
で、チョキの場合は、人差し指と中指は延ばしたまま、親指と薬指小指を曲げます。
パーなら全部の指を広げます。
実に何てことなくやるものですから、運動機能として筋肉の動きを意識することはありません。
これは、脳がグーを出そうと思った瞬間に、指の筋肉に指令が飛び、

5本とも筋肉を引き締め、にぎった形を作るのです。
この指令は、電気信号で指の筋肉に向かって、

瞬時に伝えられ、アセチルコリン噴出口に作用します。
アセチルコリンとは、筋肉に伸び縮みを指示する物質で、

各筋肉には、このアセチルコリンを受け止めるグローブのようなものがついていて、
これでアセチルコリンを受け止めると、筋肉は作用します。
このグローブのようなものをアセチルコリン受容体と言って、

重症筋無力症の病理は、
このアセチルコリン受容体に、免疫部隊の一部が、何を勘違いしたか、敵とみなして、
攻撃し、その機能にダメージを与えるんですね。

その結果、脳からの指令が届かなくなってしまうんです。
いわゆる自己免疫疾患の一つです。
なぜそんな反乱分子がのさばるようになったのか、という事は分かっていません。
ただ結果として、勘違い免疫部隊員が、うろうろと活動をしてしまうんです。


結果として、まず、頭にかかわる筋肉、眼球を動かす筋肉とか、
頭を支える首の筋肉とか、まぶたとか、あごの咀嚼筋などがやられて、
首から上の筋肉的動きに障害が出てきます。
眼球の場合、複視と言って物が二重に見えるようになります。
あごの筋肉は普通に食事をしていると、疲れて嚙めなくなり、一回の食事で、数回休むようになります。
固焼きそばを食べると、顎の筋肉がつかれるでしょ。
この病気の場合、何を食べても顎が疲れるんですね。
首は朝起きた時は良いんですが、2時間ぐらいたつと、頭を支えられなくなるんです。
つまり、こうべを垂れた状態でっすね。
見様によっては謙虚な風体なんですが、ただまっすぐできないだけのこと。
まあ、それなりの症状と戦いながら、反乱分子を沈めてゆくわけですね。

血液の血漿を交換します。

糖尿病の透析のようなものです。

全血液量の半分づつを二回に分けて交換します。

そして手術をし、胸骨の内側、肺の外部に位置する胸腺を切除します。
この胸腺はどうも反乱分子を製造している本拠地らしい、と思われています。
ですからこれを取ってしまう。


で、あとは薬で、反乱分子の活動を押さえる、という事をするんですね。
つまり、正式には、反乱分子の、抗アセチルコリン受容体抗体がどのくらいあるかが、

病状の指標になるわけです。
で、こいつをやっつけるために、当初、5咾離好謄蹈ぅ匹鬘横鮎も飲んだんです。
知り合いの医師に、今ステロイドを20錠飲んでいる、と言ったら、

えらく心配して大丈夫か、と心配されました。
ある医師は、知っている限り、20錠飲んでいる人はベッドに寝ていると言ってました。

私は、普通に仕事していましたけど。
まあ、それほど、ある種危険な薬なんですが、このステロイドも、
徐々に減らしてゆき、ある時10錠になり、二か月かけて、8錠まで落とし、と、
実にだましだまし、この薬を減らしてゆこう、というわけです。
まあ、それほど影響力の強い薬ですので、なるベく飲まない方がいい、と言われているんですね。


最近では、2錠が1錠になり、ついに半錠にまでなっていたのです。

で、今日の健診の結果、もうステロイドは飲まなくていいでしょう、と言われました。
まあまあの数値が確保できるようになったのです。
つまり、抗アセチルコリン受容体抗体のレベルが低くなり、安定してきたんですね。

 

なんと、まるまる6年と1か月ぶりに、ステロイドから解放されました。
ですから、何となくウキウキしています。
もう、明日から飲まなくていいんです。

いや、完治したわけではないんですが、かなり症状が軽くなった、と言うことですね。

ホントおかげさまです。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 12:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
SSTTがベスト4

ある生命保険会社の契約者に占める割合を基に,

日本全国の名字の比率を推計すると
「佐藤」は194万人、「鈴木」は182万人、「高橋」は143万人、「田中」は133万人、「渡辺」は119万人、
と、ベスト5がリストアップされていました。
合計で、このベスト5だけで、770万人。
日本人の6%に相当します。


ちなみに我が水嶋姓を名乗るものは、全国に5500人、ランキングとしては、2577位。
意外と少ないですね。

もし、興味がおありでしたら、「名字の由来net」と言うサイトがありますので、
ご自分の名字の由来やら、同姓を名乗る人がどのぐらいいるのか、

なんてこと、調べてみたら如何でしょうか。

ともかく、全国では、30万種ほどの名字があるそうです。


高校野球など見ていると、テロップに出てくる名前を見ていて、
そんな名前があるんだ、と認識新たなことがあるでしょ。
ま、そんなわけですね、30万種もあるんですから。


ちなみに、漢字の源流の中国では、3000種ほどだそうです。
人口14億人ですから、それで3000と言うのは、やたら同姓の方が多いという事でしょ。
確かに、テレビなどで登場する中国人の方は、金さんか陳さん、周さんあたりが有名ですが、
まあ、大体聞いたことがありますでしょ。
現主席の習さんの苗字を初めてみた時、こういう名字もあるんだ、と驚いたくらいですから、
それにしても日本人の30万種は、ちょっと異常ですよね。

 

時々、欧州のサッカーリーグのゲームの中継を見ることがあるんですが、
あのイタリアのセリエAでも、

かつて歴史や美術、音楽など芸術の世界で名をなした名字の選手を見ることはまれでしょ。
ガリレオ・ガリレイ、マルコ・ポーロ、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチなど。
例えば、ローマのチームの中継で、


ガリレイが見事なスルーパスを出した。

そこへ左サイドから駆け上がったミケランジェロがセンタリング。
飛び込んだダ・ヴィンチが見事ヘッドで押し込んで、ゴ−−−−ル!!!!


なんて中継があったら楽しいでしょ。
直系でないにしても、もしかしたら子孫かもしれない、とか。

 

以前もこのブログに書いたことなんですが、
ある性的差別を撤廃したいという運動をしているグループのリーダーが、
こんな発言をしていたのです。
「皆さんの周りに、佐藤、鈴木、高橋、田中と言う名字を名乗る方がいますでしょ。」
うん確かに、現在も交流ある人の中で、この4種の名字の人が各数名いる。
しかも鈴木は10名を超える。
「LGBTは性的なマイノリティーと言われていますが、
L・レズビアン、G・ゲイ、B・両性愛者、T・トランスジェンダー(出生時に診断された性と自認する性の不一致)の
人々の数は、日本国内で、およそ600万人を超えるのです。
つまり、佐藤、鈴木、高橋、田中のベスト4の名字の人数と変わらないのです。
決して、思われるほど少数ではありません。
ごく普通の存在しているのです。」と。

 

私は、この話を読んだとき、うまいたとえだ、と思いました。
確かにわが身に振り替えれば、この4種の名字の友達は普通に、しかも身近にいます。
その比率で、たまたまご本人がカミングアウトしていないから、知りませんが、
潜在的にLGBTの人たちが存在するのだったら、マイノリティーと言う概念で、
この問題を流してはいけない、と思ったんですね。


とかく、これらを忌み嫌って、隅に追いやるような考えの人がいますが、
確かに通常の夫婦のように、子どもを生産する可能性はありませんが、
そのこと一つで、人間としての人格までも否定するのはおかしいですよね。
何より、ふざけたり、冗談で、セクシュアル・マイノリティーの選択をしたわけではないのです。
ある研究によれば、これらは性的な嗜好ではなく、DNAに組み込まれているんだそうです。
つまり、そういう選択をせざるを得ない先天的な要因があるんです。
目が不自由だったり、耳が不自由な人を、障がいとして非難することはないでしょ。
それと同じなんです。

こういうことが、なんてことなく語り合えて、やがて、そのことそのものが、
気にならなくなる時代が来るといいな、と思います。

この喩えを知って以来、SSTT(佐藤・鈴木・高橋・田中)がベスト4、と覚えました。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 15:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ハゲタカ

ハゲタカと言うテレビドラマが、評判のようです。
正直一度も見たことがないので、何とも評価できないのですが、
少なくとも、題名については違和感があります。
ハゲタカ、と言う鳥は基本的には存在していません。
まあ、一般的な概念として、ハゲタカはありなんでしょうが、
少なくともそんな名前の鳥が、図鑑に載っていないんですね。

 

ま、この類の話はよくあることで、
一般的な通称として、身近なものを呼ぶことはよくあることです。
一番、勘違いしがちなことは、シラサギです。
平塚の市の鳥に制定されていますが、
シラサギ(コサギ)と書かれているので、これはセーフ。
そもそもが、シラサギと言う名称の鳥はいません。
いわゆる、白い鷺を総称でそう呼ぶのですが、
厳密に言えば、コサギ、チュウサギ、オオサギの三種に分かれます。
まあ、生物学的には、サイズ別に厳密に命名しているんですね。


その意味で、ハゲタカと言う鳥はいません。
正確には、ハゲワシです。
もっとも一般的にはコンドルの方が通りがいいでしょ。
南米アンデスに棲息するので、アンデスコンドルと呼ばれています。
中南米系の歌でコンドルは飛んで行く、という歌が有名ですね。
あれをハゲタカが飛んでゆく、とは言わないでしょ。
イメージから言って、動物園以外では、日本には存在しない鳥と思われていますが、
日本鳥類図鑑には、ちゃんと乗っています。


ま、これは、時に迷ってやってくることがあるらしく、迷鳥として登録されていて、
目撃があった場合、原則図鑑に載ります。
で、このハゲワシは、アンデスコンドルとはちょっと違っているんです。
つまり、日本で言う、ハゲタカは、コンドルとよく似た外見を持っています。
とまあ言っても、普通には区別がつかないかもしれません。
ハゲワシ類はタカ目タカ科であり、
鷹、鷲、トビ、ハヤブサなどといった通常の猛禽類と同様の死体食の生態の大型猛禽類なんですね。

 

最近改訂されたようですが、
かつては、これらの猛禽類はワシタカ科、と言ってました。
で、タカ目タカ科に統一されたのですが、タカもワシも似たり寄ったりでしょ。
ま、しいて言えば、ある区分があって、その線から大きい方をワシ、小さい方をタカ、と言います。
ま、厳密には多少でっぱりへっこみはありますが、大雑把には、ワシが大でタカが小です。
それと、そんな経験はないと思いますが、もし、見上げた空に、この猛禽類が飛んでいたとします。
おそらく高い所を飛ぶので、なかなかサイズまでは判断しがたい。
そんな時、尾の形を観ます。
扇状に広がっていたら、ワシ類です。
で、一本状、扇子を閉じた形なら、タカ類です。
ちなみに、トンビだけは独特の尾の形をしていて、
扇の形が、内側にへこんでいるので、すぐに判断できます。
確か厚木に、鳶尾と言う地名がありましたが、トビの尾が特殊な形なんで、地名に使われたんでしょうね。

 

動物の区分には、ワシとタカのように、大きさでざっと仕分けをする、という事があります。
クジラとイルカがそうです。
基本的な生物学的分類は同一種なんです。
で、様々な種類のイルカとクジラを区分するのは、そのサイズで、これまた諸説あるんですが、
まあ、3メートルから5メートルぐらいまでをイルカと言い、
それ以上をクジラと呼んでいるようです。
もっとも、イルカとクジラを妙に区分して呼ぶのは、
日本的な文化だそうで、国によっては一緒の分類で呼ぶ場合があるようです。
そう言えば、先日、ネットで、イルカのクジラのハイブリットが発見された、というニュースがありました。
もともと親戚なんですから、可能なんですね。
と言っても、おそらくDNA的には、次世代が作れるような近い種でもないようです。
ま、不義の子ですから、それなりの宿命があるんでしょうね。

 

DNAと言えば、
猛禽類とされて、ハヤブサが、タカ目タカ科の一種として分類されてきましたが、
そのDNAを詳しく調べたら、なんとインコやスズメの仲間だったことが分かりました。
まあ、見た目ではわからないものですね。

 

さて、話があちらこちらとっ散らかりましたが、
要は、ハゲタカと言う鳥はいない、という事です。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
これを蛮勇と言う

テレビで、その様子が何度も流れたので、ご存知でしょうが、
内戦下のシリアで3年前に行方不明になった日本人ジャーナリスト、安田純平さん(44)が
流暢な日本語で「私の名前はウマル、韓国人です。とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください。
今日の日付は7月25日」とインターネットで、流された映像が、
テレビでも流されました。


よく分からないのは、ウマルという韓国人だ、と名乗ったことなんですが、
まあ、きっと何かの事情があったんでしょうね。
で、その後、菅官房長官が定例の記者会見で、これを取り上げ、
安田氏本人であるという事。
政府としては邦人の生命を第一に考え、救出に全力を果たす、とコメント。

 

で、です。
どうも釈然としないものがあるんですね。
何しろこの安田氏、過去5回も拘束されていたという経験の持ち主。
なおかつ、政府からは、危険なところに行かないように勧告を受けていたという事実。
さらには、解放におよそ1億円ぐらいの値がふっかけられているという事。
一部では、交渉によっては、半額になる、なんて話が出ているとか。
何とも胡散臭いでしょ。
身代金引き出しのプロとまで言われているんです。

 

まあ、オオカミ少年の話のように、
またかよ、とばかり冷たくあしらえば、もしかして殺されてしまうかもしれない。
さて、どう対処すべきか、と言うところですよね。
こう言うのって、秘密裏な交渉ルートがあるらしく、
それなりに、蛇の道は蛇のたとえのごとく、どこかで、交渉の道は作れるのだそうですが、
だからと言って、その交渉の全貌が明らかにはならないでしょ。
今までも、日本人が拘束され、その身代金と引き換えに
解放されたことがありましたが、
あまり明確な説明がありませんでした。


国が払ったのか、ご本人の負担分がどれほどあったのか、こんなことすら説明されません。

 

イギリスなどでは、この類の身代金交渉は、一切されないそうです。

わが国民を拘束しても、身代金の交渉には一切応じない、と宣言しているんです。
一見薄情なようですが、結果として、金のとれる相手でなければ、交渉することはないでしょ。
つまり、高らかに宣言することにより、かえって、イギリス人を拘束し、
その命と引き換えの身代金交渉は分が悪い、という事になっているんですね。


つまり、よく言えば、人情味あふれる対応かもしれませんが、
交渉次第でいくらかになる、と言う日本人だとしたら、
却って、狙われやすくなるわけです。


身代金目当ての子どもの誘拐をしようと、すれば、当然金持ちの子を狙います。
昔、黒沢明監督、三船敏郎主演の天国と地獄と言う映画がありました。
要は子供を誘拐し、その身代金をせしめようというストーリーです。
天国と地獄の意味は、丘の上に豪邸を構える金持ちに対するやっかみで、
その丘を見上げる下町で、貧乏な暮らしをしている犯人とのやり取りが、
克明に演出された、なかなかすぐれた映画でした。
構図としては、金がとれるかとれないか、です。

 

シリアの事件も、要は、安田氏をネタにして金がとれるかとれないか、でしょ。
で、日本政府としては、ああ言うしかないだろう、と思いますが、
どこかで、えいっと、英断をし、八方美人的な事言ってないで、
毅然とこれらに対応すべきでしょ。


多くの国は、身代金を渡すことで、彼らの活動資金を提供することになるので、
年々これらの対応は厳しくなってきています。

これらの危険地帯に、危険覚悟で、飛び込んで行って、
その実態をありのままに伝えようとするジャーナリストたちが多くいます。
何かそれなりの大義名分があって、果敢な行動をとっているのだと思いますが、
私には、命に代えてまで報道すべき大義があるとは思えないんですね。


きっとこの傾向を持つジャーリスト達は、

何らかの思想的な強いバックボーンを持っているのだと思いますが、
結果としてとらえられ、拘束され、時に身代金交渉の道具になるとしたら、
振りかざした正義も意味を失うでしょ。
まして、殺されたりしたら、元も子もない。
勇敢な戦士としてたたえられることが目的ではないでしょ。

 

NGOの「国境なき記者団」によると、
現時点で投獄されているジャーナリストは167人、
市民ジャーナリストは139人、スタッフは19人だそうです。
320人を超えるんです。
で、昨年、命を落としたジャーナリストは55人、市民ジャーナリストは7人、スタッフは12人です。
計74人です。

身代金の交渉すら無かった人も大勢います。
結果として、彼らが命を捨ててまで、得ようとしたものは何だったんでしょうか。
おそらく理不尽な戦いに巻き込まれた善良な市民の訴えを代弁することだと思うのですが、
それにしても、リスクが大きすぎるでしょ。

こんな争いはやめるべきだ、と言う主張が、結果として、相手方の戦費の補いになるのだとしたら、

全くと言っていいほど意味がないでしょ。


そのリスクに立ち向かう姿勢を、私は勇気だと思えない。
これは日本語では、蛮勇と言うのだと思います。

不幸な出来事に自ら身を投じることをどうして勇気とたたえることができるでしょうか。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ゴミの分類

我がマンションでは、一階の一部がゴミ置き場になっています。
で、それこそ24時間、そこにごみを持ち込んで捨てられるので、
自分の都合で、ごみが捨てられる、と言う実に快適な条件が与えられています。
それまで、松風町に住んでいたころは、ゴミカレンダーがキッチンの横に貼られていて、
それに従って、今日は燃えないゴミだとか、粗大ゴミだとか、指定された日に分類されたものを捨てていました。
うっかり、日にちを間違えると、次のチャンスまで、手元に置いておかなくてはいけない、など、
ゴミ捨てのための生活サイクルがあったような気がするんです。


でも、ありがたいことには、マンションでは、それが無く、
たまったらいつでも捨てられる、と言うのは、なかなか素晴らしいことなんですね。
実際、引っ越してこのシステムを知り、マンションの利点に一つになっている、と思いました。

 

で、このごみ捨て場に、時々、違反ごみが捨てられることがあります。
ま、おそらく知らないために、うっかり捨ててしまったんだと思うのですが、
まあ、ゴミの主は、その程度の神経の持ち主ですから、
このゴミは捨てられません、とかの貼り紙をしても、捨てた本人にはなかなか伝わらないようです。
例えば、布団の類は、何十センチかに木ってなければいけない、とか、
バッテリーの類は捨てられないとか、そもそも、行政が収集するごみの内容以外のものは、
ここでも、捨てられないのです。


で、時々あるのですが、ペットボトルをそのまま捨てる人がいるんですね。
一応のルールとしては、ラベルをはがす、キャップは別にする、という、シンプルなルールなんですが、
これが守れない人がまれにいるんです。

で、なんだって、こんなに分類するのか、と思ったら、
捨てられたごみのその後の流れがあって、
これの流れをスムースにするためにも、ある程度の分類が必要なんだ、という事が分かったのです。

 

中国が、資源ごみの輸入を禁止しました。
これは、資源に活用するために、ゴミの分類をしなくてはならないのですが、
ゴミの内容によっては、しやすいものとしにくいものがあって、
時に、雑に処理すると、結果として、環境を汚している、という事につながるんですね。
つまり、おおもとで、丁寧に仕分けしてあれば、再資源化しやすいのですが、あれこれ混在したままだと、
えらく手間がかかる。
今までは、それも仕事と、受け入れてきたのですが、目に余るような混在状況だと、
さすがに二次的なごみとして排出されてしまうんですね。
これで、中国の環境は汚染されてきたそうです。


で、世界の各国からゴミ処理場のように中国に輸出されてきた資源ごみを、
受け入れない、と、いう事になりました。
それまで中国では、およそ1500万トンの資源ごみを受け入れていたのです。
日本からは、143万トン出していました。
では、行き先のない、この143万トンをどうするのか、という事でしょ。

 

そもそもの資源ごみは、主に三つの方法で再生されています。
ちょっと専門的になりますが、先ずは、
マテリアルリサイクルというものです。
これは、廃プラスチックを溶かし、もう一度プラスチック原料やプラスチック製品に再生する方法で、
コンテナ、ベンチ、土木建築資材、シートなどに再生されます。
ただこれには、分類がかなり高度に進んでいないとできません。
二つめは
ケミカルリサイクルというものです。
廃プラスチックを化学的に分解するなどして化学原料に再生する方法で、
モノマー・原料化、高炉還元剤、ガス化、油化などで、これンp主体は、工場などで出る廃材料が主で、
これも廃プラスティックの純粋性が高いものと言うのが条件です。
第三が、サーマルリサイクルというもので、
廃プラスチックを焼却して熱エネルギーを回収したり、固形燃料にする方法です。
固形燃料化、セメント原燃料化、廃棄物発電、熱利用焼却などがあります。
まあ、ざっくばらんに言えば、分類が雑で、混在しているものがある場合、
大体、燃して終わり、という感じです。
ゴミ焼却炉などで、補助的な燃料として使われることがあるようです。

 

という事で、日本国内で処理しきれない資源ごみが、
143万トンあるという事ですから、逆に、相当レベルの悪い分類が要因ではないか、と思いますよね。

ストローの規制問題が出てきて、後を追うように、一般論的にプラスチック製品の制限が出てきています。
海でのマイクロプラスティックなどが警鐘の要因になっていますが、
実は、私達の身の回りから、
不要なごみが、コントロールされずに投棄されているということでしょ。

こういう事が問題になるって、何もワールドカップの競技場の清掃だけでなく、
大きな環境問題として、一人一人の心がけの集積である、という事の表れですね。

ま、せめて、ごみ出しの基本ルールは守りましょ。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
スマートスピーカー

ラジオとテレビでは、
歴史的には、ラジオが先行し、ある時期ラジオ全盛時代を作り出しましたが、
テレビの登場で、その地位が低くなり、今やテレビの足元にも及ばなくなりました。

いわゆるマスメディアの世界では、片隅に追いやられてしまったのです。

 

テレビとラジオを単純に比較すれば、
テレビは植物的な要素を持ち、
ラジオは動物的な要素を持ちます。
植物的という理由は、植物は大地に根を下ろし、その位置を変えません。
動物は、移動する(動く)事ができるので、
居場所に縛られることがありません。
テレビを見るときは、テレビの見れる位置にいなくてはならず、
少なくとも真横とか背面ではテレビを見ることができません。
それに、見ている間中その位置をほぼ動くことはないので、
正に植物状態になるのです。
ところが、ラジオは音の届く範囲では、どのような位置にいようと、聴取することができます。

 

大きな災害などが発生し、ともかく、人を救出しようとか、
一段落したものの、あとをするとか、何か具体的な行動を伴うことをするときは、
何処からも聴けることのラジオから情報を得ることが向いています。
ですから、よく言われるのですが、

大地震が起きたりすると、最初の三日間の情報源は耳からのラジオ、
それ以降の情報源は、目で読む紙に書かれた文字とか、テレビになるんだそうです。

つまり、ラジオは動物的な機能を持っている、という事です。

 

私は、我が家の料理番なので、キッチンで調理しながら、時にテレビをつけっぱなしにして、
ちらちらとそれを見ながら料理作りをするんですが、
矢張り、どちらの半端になるんですね。
テレビは、見ていることが前提ですから、見続けていないと内容が把握できないことがあります。
ラジオは聞かれることが前提ですから、何か仕事をしながらでも、聞き取る事さえできれば、
ながらができます。

 

で、テレビは、その内容の豊富さでラジオを圧倒してきましたが、
ここにきて、わずかではではありますが、復活しつつあるのです。
一番分かりやすいのが、広告収入の数値です。
マスコミ4媒体(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)全体の広告費が年連続で減少3しているのですが、
ラジオ広告費だけは、2年連続でわずかながらプラス成長となっています。

ラジオ広告費が増加している要因は、
ごく単純にラジオが以前より聞かれるようになったということです。
その要因の一つは、スマホです。
2010年から始まった、ラジオをネット上で同時配信するサービス「radiko.jp」の
スマホアプリの利用者数が、年々増加しているそうです。
ある調査によると、直近2年間で4割近く伸び、
今年の6月末には、約550万人になったそうです。
カーラジオや、携帯ラジオに加え、新たなラジオ聴取手段が登場したわけです。
スマホの普及数から見れば、これはまだまだ開拓の余地があるので、
今後に期待できるそうです。


で、これらの利用方法も様々に開発され、
月額350円で日本中のラジオ局を聴ける「エリアフリー」機能や
オンエア後の番組を放送後1週間以内はいつでも無料で聴ける「タイムフリー」機能が付加されて、
増々ラジオを聴く人が増えつつあるというんですね。

 

そして、おそらく今後にさらなる追い風となりそうなのが、
話しかけるだけで簡単に“チューニング”できるスマートスピーカーなんです。
これは価格的にも2万円前後で、かなりの性能のものが買えて、しかも音質もなかなかと言われていますから、
電子機器の一種ではありますが、ラジオを聴くには、とても優れたツールではないかと思います。

そもそも、ラジオは、そのリスナーの年齢別傾向を見れば、
若者が減少し、高齢者が増えているんですね。
ですから、高齢者にとって、操作が簡単な、スマートスピーカーは、
格好のツールになると思いますし、
今後の傾向を考えれば、これらの、単純明快な機器の進化が、
高齢者のニーズとそれに見合ったものとして、実にマッチしていると思うんですね。


まあ、有難いことに、とても頭のいい人たちが、年寄りのために
色々と新しい道具お造り出してくれて、
正に、感謝です。

 

これって、平常時ばかりでなく、

災害時にとてつもない能力を発揮するんじゃないか、と期待します。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ふるさと納税はいい制度

東京の世田谷区の区長が、ふるさと納税に関して、猛反論をしている、
という記事を読みました。


まあ、立場上の言い分としては、筋の通った話なんですが、
そもそものこのふるさと納税に関して、いささか様々な軋み音が聞かれるようになりましたが、
無能な人間が有能な人間をやっかむような感覚に近い、と思っています。
いや正確には、努力している人間が、努力していない人間にいちゃもんをつけられている、

という構図でしょうか。

 

そもそもが、
「今は都会に住んでいても、自分を育んでくれた『ふるさと』に、自分の意思で、
いくらかでも納税できる制度があっても良いのではないか」と言うのが発想のもとです。
でも私は、この発想の根底に、日本国土の利用、開発及び保全に関する総合的かつ基本的な計画として策定された
全国総合開発計画の歴史が関わっていると考えています。
地域の住宅、都市機能、道路その他の交通基盤の社会資本の整備のあり方などを

長期的に計画立案してゆくもので、
とかく、中央に向けられていた眼を地方に分散し、全国くまなく整備してゆこう、
という、ある種の総合的な地方振興策の一つなんです。


この全国総合開発計(全総)は、1962年に第一次の計画が定められ、
以降、5回にわたって計画立案されてきました。
基本計画が閣議で定められ、その実行に必要な予算が付けられる。
正に、国家を挙げての総合開発計画だったわけです。
初期の頃は、地方都市の整備などを中心に、
工業の地方分散が計画されました。
よく、地方のまちに、ぽつねんと、全国区レベルの企業の工場が建っていることがありますが、
多くは、この第一次の全総の時に、地方が誘致したものです。


平塚でもいくつかの工場がこの時代に誘致されました。
まあ、工業の持つ経済力のおこぼれを地方のまちに及ぼす、という考えです。


その後いくらか目先を変えつつ、新全総、三次総、四次、五次と展開されましたが、
その都度、何かの問題が障害となり、計画は次々と目先を変えて更新されていったのです。
最後は、リゾート開発にまで及び、ほぼこの時点での地方振興策は手が尽きてしまったのです。


もちろん多くの成果は得られましたが、
そのほとんどの計画の最後は、結局同じ結末を迎えてしまうのです。


それは、そもそも根底にあった東京一極集中をいかに避けるかだったのですが、
なんだかんだと最後は東京に、資金も、人材もガバナンスの権限も、戻ってきてしまうんですね。
とくに顕著だったのは、人の移住です。
地方から都会へ移住してしまう。
地方都市から東京に移動してしまう。
地方都市は人口減になる。
それはそのまま生産力を落とし、税収が減少する、という事につながりました。
ふと気づくと、高齢化率がやたらと高くなっていて、福祉にかかわる費用は増大し、
可処分所得の低い予算を組まざるを得ない、

と言う地方行政体の経済的な構造が表面化したのです。
つまり、1962年、初手を打ってから50年以上、

日本の一極集中の流れは止まられなかったのです。

 

ご記憶でしょうか。
確か竹下政権時代のことですが、
1億円ふるさと創生基金、なるものが全国の市町村に配られました。
地方振興の一助に、という事だったんですが、
さまざまな手を使っても地方の衰退を止められないので、やけくそのような手を使ってみたわけです。
でも、この流れは止まらない。

と言う過去の流れを見てみれば、このふるさと納税と言うアイディアは
悪くないでしょ。


制度開始から10年が経ち、全国の自治体への寄付額は、昨年度、計2844億円となりました。
逆に世田谷のような地域では、それにより41億ほどの税収が減ったそうです。
ただ単に都会と地方のバランスという面で考えれば、
この政策はそれ相応の効果があったという事でしょ。


ただ最近の傾向として、
返礼品として、町によっては、特産品でもない一般的な商品を並べたりしていますが、
これはおかしいでしょ。

それじゃあ、ただの通販でしょ。

 

特産品という事で考えれば、宮崎の都城が73億もの売り上げを確保し、全国一位。
で、これは税収として、地域のさまざまな活性化のた目に活用できると同時に、
返戻金として送る地域の名産品の売り上げ増につながるわけです。
還元率で言えば、ベスト10はほぼ80%以上。
まあ、平均すれば、40%前後でしょうか。
で、仮に、50%として、1万円の納税をしてもらえると、5千円が税金として使えます。
残り5千円は地元の製品を買い上げ送るわけです。

 

例えば平塚が釜揚げしらすを返礼品にしたとします。
1万円で5000円分。
仮に1千万円集まったとすれば、500万円のシラスの売り上げになるでしょ。
これって、地域の経済の恩恵の一つではないですか。
税収と地域産業の振興と言う二面で考えれば、地方にとってはありがたい話ですね。

 

ちなみにわが平塚は、これに関して反応が鈍く、

2016年までは返礼品がありませんでした。

その結果、その年は12件、600,100円でしたが、

2017年から、巻き返しを図って、返礼品を33品もリストアップしたのです。

すると、1091件にも膨れ上がり、納税額、21,001,000円になったのです。

2千万円ですよ。

まあ、還元率50%としても一千万円の増収じゃないですか。

7年間無駄にしてしまいました。

もったいなかったですね。

この制度がはじまった時に始めていれば、そこそこの恩恵を受けられていたのに、と思います。

 

ま、でもさらにもう少し、洗練した、かつ地域経済の恩恵となるような

ラインナップを考えていただきたいものです。

 

ところで、どうすれば、このラインに加えていただけるのでしょうか。

市民に対する広報が不十分だと思います。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 12:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
石を投げられる資格

日を追って騒ぎは拡大し、日本ボクシングを再興する会が第二の告発状を提出するとか。


世間では、この類のスキャンダルが好きですから、
テレビのワイドは、もうこの問題一色。
中には、またかよ、と言いつつテレビを眺めている方もおいでと思いますが、
しばらくは収まりそうもないですね。


何しろ、告発状の最初の署名人が333名、と言う数である事。
具体的な証拠が音声や映像として十分にある事。
何より、この会長の風貌が、悪役にピッタリな事とかで、
勧善懲悪の芝居でも見ているように、受けがいいわけです。


まあ、流れとしては、日大アメフトの内田監督並みの悪あがきななものですから、
テレビとしては、格好のネタになっているんでしょうね。

この騒ぎの中で、ボクシングの金メダリストかつ、現世界チャンピオンの村田選手が、
以前に、フェイスブックで、この問題に関して、
「そろそろ潔く辞めましょう、悪しき古き人間達、もうそういう時代じゃありません」
と投稿しました。


これを読んで、ほほう、かなり正義感の強い人だな、と思ったのですが、
当然、山根会長はこれに関しても牙をむき、生意気、と切り捨てました。
で、さらに村田選手は次のような投稿をしたのです。

 

要約すると、
ナチスのユダヤ人収容所で、同じ収容者でありながら、見張り役など、特別な権利、立場を与えられた収容者がいて、
この人たちをカポーと呼んだのだそうです。
大勢の収容者を管理をするために、そういうやり方をしたんでしょうね。
で、時にナチス親衛隊より、このカポーたちの方が、収容者に酷い仕打ちをしてきたという話があって、
これが、ヴィクトール・E・フランクルの著書「夜と霧」の中に記載されているのです。
で、村田選手はこの話を例に挙げ
「そのカポーを裁くことが出来るのかどうか。
フランクルの言う、石を投げるなら、
同じ状況に置かれて自分が同じようなことを本当にしなかっただろうかと自問してみること。
人を糾弾する前に必要な事だと考えています」と、
まずは自分の身を振り返る必要があると書き込んだのです。
そして「世の中にはこのカポーが溢れていることを忘れてはいけないなと、
改めて思う今日この頃です」と締めくくっています。

 

以前から、村田選手の密着取材などを見てきて、
この人はまるで求道者のようだな、と思っていましたが、
この騒ぎだけでなく、昨今の世の中全体に対して、優れた警鐘を鳴らした、と思いました。

この、カポーが誰なのか、どういう行為を批判的に見ているのかは不明ですが、
焦点がとかくぼやけがちな出来事の中で、
何が大事なことなのかをしっかりと絞り込み、
きっと我々にはわからない関係者に対する、警告なのではないかと思います。

 

このカポーの話の原点は、きっと聖書の中のこのくだりだと思います。
聖書の中に、姦通罪で捕まえられた女性をめぐって、
主イエスと律法主義者たちが対決する場面があります。
旧約の律法では、姦淫罪は石打で死刑にされることになり、多くの群衆が集まってきました。
手に手に石を握り、正義の裁きでもするように、皆いきり立っていたのです。
この時、判断を求められた主イエスは、こう言います。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」、と。
やや間があって、年長者から始まって一人また一人と、その場を立ち去ってしまった。
という内容です。

 

罪とはなにか、という事が不明ですが、
それでも、この世界には罪を犯したことのないものは一人もなく、
自分の正しさを根拠に人を裁く権利や資格を持つ者は誰もいないということ。
更に、一人の人間の罪は、それを傍観している人の側にもあること。
また、一人の人が罪を犯す事になった背景にある社会的責任は、
社会のすべての人にあることをも意味しているのです。

 

ま、昨今のこの類のことは、
SNSの発達で、誰もが発言しやすくなっていることもあり、
過剰に反応しがちですが、
もう少し、冷静に客観的に物事を眺める必要があるんじゃないでしょうか。
そういう点では、先ずメディアが、煽情的な番組の構成を反省すべきでしょうね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
またぞろ独裁者登場

またまたテレビのワイドで、トップに登場する出来事が、
世間をにぎわしています。

まあ、ネタは尽きないものですね。


新ネタは、ボクシングの山根会長にかかわるその横暴ぶりです。

今回のネタを見る限り、
日大のアメフトの問題でも、レスリングの問題でも、
特にスポーツに限るわけではありませんが、

妙に問題に共通する根があるように思うんです。

 

それは、強大に確立された権限と、その権限の使い方を勘違いした人たちの物語です。
ふと、独裁者、というイメージが浮かんできました。
「独裁」は抑圧的で独善的な支配や、権利の濫用などに対する批判的な用語の一つです。

山根会長に関しては、

ここにきて一挙にさまざまな問題が噴出してきました。
褒賞的な支援金の分配の問題。
自分への取扱いの問題。

到着30分前に玄関に整列とか、

坐るイスの仕様とか、ホテルでの飲食物の内容とか、
いろいろ伝えられることを見聞きすると、思わず吹き出してしまいそうです。

まるで子供のような要求はまだしも、
何しろ、自分に出身県の選手に有利は判定をさせるとなると、
もうこれはスポーツではないですよね。
これを持って独裁者と言わずして何と表現するんでしょうね。

 

風貌はともかく、やはりゴッドファーザー的な雰囲気は、周囲を恐れさせてきたのでしょうね。

まあ、独裁者と言うと、いかにも否定的な感じになりますが、
日大のアメフトにしろ、この山根会長にしろ、
ある地位から、徐々にのぼりつめていったわけでしょ。
それにはそれ相応の認められたある種の能力があったはずです。
ま、多少はきつい性格があったとしても、組織にとって、有用な考えと、
それを実現する力があって、
その結果、徐々にのぼりつめていったわけです。


つまり、そのトップに座るまでは、きっと有意義で、貢献的な実績があったはずなんです。
で、その地位で、組織へ関わりを大きくする間に、
強権的で独裁的な行動を身に付けてしまった。
つまり、どこかそういう危惧はあったものの、
それ以上の力を見せつけてきたので、
組織としては、受け入れる体制が出来上がったんですね。

 

ま、場合によっては、ある時、手のひら返しと言うか、脱皮でもしたように、変貌し、
気が付いたら手の付けられない独裁者になっていたのかもしれません。
要するに、トップについてから変貌したのではないか、と思うんですね。

 

世界の歴史で毛沢東、スターリンとともに独裁者ランキングの上位にいる、ヒトラーでさえ、
ある時期、ドイツ国民を喜ばせ、納得させる政策を次々と打っているんですね。
で、ある瞬間から、地獄へ突っ走るような狂気の政策に切り替わってしまう。

 

大体、どこかに境目があって、その先で独裁的行動に突っ走るんです。
ま、一言で言えば、勘違いするんですね。
権力によって人が従う。
ま、何もそれは人格的な敬意でなくても、組織と言うのは立場を必要としますから、
組織力学的な位置に過ぎないんですが、周囲が、YESと言うようになれば、
その状況に慣れ始め、いつのまにか自分がルールブックになったと勘違いする。
まあ、愚かの極みです。


李下で冠を正さず、の言葉のように、あえて、自分の権限から一歩引いて、
謙虚になろうとする事こそ、心すべきでしょ。
これができないとしたら、それは器が小さいという事です。
残念ですが、日大の内田氏、ボクシング連盟のう山根氏とも、
それほどの人物ではなかった、という事です。

 

逆に、組織として、各競技などの団体では、現役時代の実力が背景に絡むので、
そこに人格のチェックがおろそかになってしまいがちです。
指導者に本来求められる様々な資質のうち、妙に現役時代の成績が評価されがちなんでしょうね。

相撲界然り、レスリング界然り、かつての現役の成績が、大きく影響し、
その指導力とか、人間性が後回しになってしまうのです。


きっと、様々なスポーツの世界で、これに近いことが行われているのではないか、と危惧します。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 12:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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